土用丑の日を作ったのは平賀源内ではない!?

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夏の土用の丑の日にうなぎを食べる習慣は、幕末の天才学者平賀源内が、夏場にうなぎが売れないと近所のうなぎ屋さんに相談されたことから、「本日土用丑の日」という看板を店先に出したら大繁盛したというのがキッカケだと聞いた方も多いでしょう。

 

実はこれ以外にも、大田蜀山人という天明期の狂歌師が、神田川といううなぎ屋さんのために「土用丑の日」と大書したところこの店が繁盛し、それから土用の丑の日にはうなぎを食べるようになったという、平賀源内とそっくり同じ話があります。

 

でも一番信ぴょう性があると言われているのは、文政期に発行された「江戸買物案内」の「う」の部に出てくる話。神田和泉橋通りのうなぎ屋さん春木屋善兵衛のところに藤堂という殿様から大量のうなぎのかば焼きの注文がありました。とても1日では作りきれない量だったため、子の日、丑の日、寅の日と3日間をかけて作ったそうです。

 

でも冷蔵庫などない時代の話。土がめに入れて密封し、床下にしまっておき、納品日に出してみると子の日と寅の日に作ったかば焼きは傷んでしまっていて、丑の日に作ったものだけが大丈夫だったのだとか。以来、土用丑の日に食べるうなぎはおいしくて栄養があると言われ、この日にうなぎを食べる習慣が広まったのだそうです。

 

今年の土用丑の日は721日。おいしいうなぎを食べて、新型コロナウイルスに負けない気力体力をチャージしましょうか。

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  • 2020.06.30 Tuesday

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