帝王切開の帝王って誰のこと?

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今や日本では5人に1人が帝王切開で生まれているそうです。原因はいろいろありますが、出産年齢の上昇に伴い、分娩時間が長引いて母子への負担が増えたり、医療の進歩で妊娠中に母子の状態がよく分かるようになり、危険な兆候が出た場合には大事をとって帝王切開するケースが増えたことなどが挙げられます。

 

の赤ちゃんを取り出す開腹手術をなぜ「帝王切開」という仰々しい呼び方をするようになったのでしょう?

 

帝王切開は紀元前3世紀の古代エジプトで既に行われた記録があり、ローマ帝国でも行われていたそうです。帝王切開はラテン語でsectio caesareaと言い、切り刻むという意味のcaesareaがドイツ語に訳す時にcaesar(カエサル)と誤訳。ローマ帝国のジュリアス・シーザーを指す言葉として伝えられ、日本でも帝王という言葉に当てられたのだとか。また、シーザーが帝王切開で生まれたからという節もあります。

 

いずれにしろ帝王切開は安全な出産をするために行われるものですが、20179月、中国で悲劇がありました。家族に帝王切開を許してもらえなかった妊婦が病院から飛び降り自殺をし、胎児とも死亡してしまったというのです。胎児の頭が通常より大きかったため病院側は帝王切開の準備をしていたそうなのですが、中国では法的に、妊婦が帝王切開で出産するには家族の許可を得なければならず、痛みに耐えられないと訴える妊婦の希望を拒み、頑なに自然分娩をするよう主張したため悲劇を招きました。

 

中国では以前、好きな誕生日に生むために50%以上が帝王切開で出産していた時期があり、非難されていました。この家族が帝王切開を許さなかった理由は分かりませんが、その頃の偏見が残っていたのかもしれません。

 

実は日本でも、帝王切開した女性の心を傷つける出来事が多々あるそうです。帝王切開した人は産みの苦しみを知らない楽な出産をしているなどと言ったり、産道を通っていない子は我慢強くないらしい、子どもが情緒不安定なのは帝王切開で生んだから、など根拠のない偏見を持つ人がいるというのです。

 

子どもは家族にとっても、地域にとっても大切な宝物。どんな生まれ方をしようと、出産へのねぎらいと生命への敬愛は忘れたくないものです。

サンドイッチ伯爵は本当にカード好き?

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コンビニやパン屋さんですっかりおなじみのサンドイッチ。シンプルだけどいろんな具材が楽しめて、忙しい合間にサッと食べられる軽食として人気です。近年ではボリュームのある断面が見た目も鮮やかな、その名も「萌え断サンドイッチ」がインスタ映えするとブームになりました。

 

サンドイッチが日本で普及したのは文明開化の明治の頃。東海道線が開通し、各地に新しい駅ができて世の中が大きく変わろうとしていた時代。大船駅の開業と共に駅弁業を始めた大船軒が、外遊先から戻った薩摩藩出身の政治家 黒田清隆に勧められて、明治32年にサンドイッチの駅弁販売を開始したのが始まりと言われています。

 

当初は輸入したハムを使っていたのが、サンドイッチがおいしさと珍しさで大人気となり売り切れ状態になったことから、自社でハム製造を始めました。これが今なおブランドとして人気の鎌倉ハムの始まりだそうです。

 

もともとサンドイッチが生まれたのはイギリスと言われています。カードゲーム好きなサンドイッチ伯爵が、ゲームの合間に食べていたのが始まりという話を聞いた方もいるでしょう。

 

パンに具を挟んで食べる習慣はその前からあったのに、このタイミングでわざわざ伯爵の名前が付いたのはなぜでしょう。よほど頻繁に食べていたのでしょうか。

 

かつてハワイがサンドイッチ諸島と呼ばれていたのはご存知ですか?地理的にハワイ諸島を初めて発見したのは1778年、イギリスの有名な探検家クック船長。この時のイギリスの海軍大臣があのサンドイッチ伯爵で、クック船長は後援者だった伯爵に敬意を評してサンドイッチ諸島と名付けたようです。

 

海軍大臣という忙しい役職に付いていたサンドイッチ伯爵ですから、カードゲームに興じている暇などなく、これはゴシップネタだったと疑う人もいるようです。もしかしたら多忙な仕事の合間にサンドイッチをほおばっていた、というのはあるかもしれませんね。

 

13で挟まれている3/13はサンドイッチの日だそうです。この日はおいしいサンドイッチでもいただきましょうか。

くしゃみをすると魂が抜け出る?

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威勢のいいおじさんがくしゃみをした時、「はーくしょん!てやんでぃ、こんちくしょーめ」などと悪態をつくことがあります。ただふざけているだけかと思っていたら、あれにもちゃんと意味があるようです。

 

もともとくしゃみは不吉なものとされていました。くしゃみをするとその反動で魂が抜け出て早死してしまう。くしゃみをするのは、誰かが自分を呪っているから、と考えていたのです。

 

そこで、くしゃみをした後は「くさめくさめ」とおまじないを唱えました。この言葉が「くしゃみ」の語源になったそうです。くさめとは文字で書き起こすと「糞食め(くそはめ)」で、呪い返しの意味があったのだとか。

 

これが江戸時代になると「糞くらえ」になり、明治時代まで下町の職人の間に残っていたようです。ここから、おじさんの「こんちくしょー」につながっていると考えられます。

 

不吉と言われるくしゃみですが、1回は悪い噂、2回は良い噂、3回は惚れられ、4回は風邪などと、回数によって解釈が変わるって聞いたことはありませんか?もちろん迷信ですが、くしゃみは自分でコントロールできないため、そんな占いめいたことにも使われたのでしょう。

 

これは地方や国でも違い、スペインのように1回は健康、2回は健康とお金、3回は健康とお金と愛と、どこまでいっても良いことが起きるという国もあります。

 

せっかくなら良い方に解釈したいですが、今の時期に何度もくしゃみが出るのは風邪か花粉症かもしれません。お大事に。

競争社会の厳しさを知り尽くしている受験の神様

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受験シーズン到来。受験生のために天神様のお守りを買い求めた人もいるのでは。

 

学問の神である天神様。祀られているのは、平安時代の貴族であり学者だった菅原道真公です。なぜこの人が受験の神様になったのでしょう?

 

菅原道真は優秀な人材で、学者では珍しく右大臣にまでなった人。ところがこの出世を妬んだ藤原時平の陰謀に遭い九州の太宰府に左遷されてしまい、そのまま失意のうちに病死してしまいました。その後、皇室に雷が落ちたり不幸が続いたため、道真の怨霊の祟りと恐れられ、霊を鎮めるために火雷天神という神様の称号をつけて北野天神に祀られるようになりました。

 

道真公の命日が2月の25日でまさに受験シーズ真っ盛りということから、受験の神様になったとも言われています。

 

天神というのは雷神のことで、本当は道真以外の天神様もいたのに、今ではすっかり天神様と言えば道真公のことを指すようになりました。

 

波乱に富んだ人生だったものの、最終的に神様になったのですから道真公は大出世したと言えます。これから厳しい競争社会を生きる受験生たちに、強いエールを送ってくれることでしょう。

神社には夜の終りを告げる鳥が居る

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新年を迎え、初詣へ行った方もいるでしょう。大きな鳥居の下をくぐると、何となく気が引き締まり荘厳な気持ちになったりします。人間界と神様の領域を分ける結界が鳥居。でも鳥居って、どうしてあんな形をしているのでしょう?しかも「鳥が居る」ってどういう意味?

 

どうやらこの鳥とは、常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)、つまり鶏のこと。そして鳥居のあの形は、鶏の止まり木なのだそうです。

 

鶏と神様の縁は、天岩戸の伝説に遡ります。弟である須佐之男命(すさのおのみこと)のあまりの乱暴ぶりに腹を立て、天岩戸に閉じこもってしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)。そのせいで世の中が暗闇になってしまいました。そこで困り果てた神々が、鶏を鳴かせ、芸能の女神に舞を踊らせて、天照大神を岩戸から呼び出しました。

 

天照大神が岩戸から出てきて暗闇に陽の光が射した時、一斉に鶏が鳴き出します。つまり鶏は、災いや悪霊に満ちた夜の終りを告げる尊い鳥であり、ここからは神様の領域という神社の入口にふさわしい存在なのです。

 

今度神社に行った時は、鳥居をよく見てみましょう。上に大きな鶏が止まっているかもしれません。

家族の心も支えた大黒柱

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「一家の大黒柱」と言えば、家族を支える中心の人物というのはご存知ですね。ではこの大黒柱とは、いったいどんな柱なのでしょう?

 

日本は地震大国で、昔から数々の大地震に悩まされてきました。そこで生まれた日本独自の耐震建築の要が大黒柱です。

 

家を建てる時、通常なら四方に柱を立ててそれを横木でしっかりつなぐと考えますが、それだと地震が来た時に左右運動が大きくなり家が倒壊していまいます。でも柱が1本1本独立して立っていれば揺れによる影響は最小限に止められます。さらにこの柱をつなぐ貫と呼ばれる横木も、柱にしっかり固定するのではなく穴に通しただけなので、揺れを吸収できる作りになっています。

 

でもさすがにこれだけだと家全体の重さを支えることは無理。そこで家の中心に太くて頑丈な柱を1本建て、これに全部の梁をかけることで家の上部の重みを支えるしくみを作ったのです。中心の柱が1本なので、揺れても家が歪みにくいという構造なのだそうです。

 

でもなぜ大黒柱と呼ぶのでしょう?

かつてはこの柱の片側に面した場所に台所があり、台所の神様である大黒様が祀られていました。そこで、この中心の柱を大黒柱と呼ぶようになったのだとか。

 

大黒柱に使われる木材は、欅、楢、栗、樫の木などの強靭な広葉樹が多いそうです。コンクリートなどと比べると木ではいかにも頼りない感じがしてしまいますが、実は木には意外な強度があります。10cm角の柱でも約6トンを支えられ、一般的な大黒柱のサイズ24cm角だと30トンに耐えられ、30坪ほどの木造二階建てなら、大黒柱1本で支えることができる計算になるのだとか。

 

今では見かけなくなりましたが、築100年以上などの古民家を訪れると、そこには黒光りした大黒柱があります。その立派な姿に、人々は建造物としてだけでなく信仰的な意味を込めて家の象徴として崇めてきました。大黒柱は、家だけでなく家族の心も支える存在だったと言えます。

 

今は大黒柱のある家は少なくなりましたが、年末の大掃除に、家族の拠り所となっている場所をみんなでキレイに掃除してはいかがでしょう。家族の絆が強まるかもしれませんよ。

手当てとは手を当てることではない?

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「怪我の手当てをする」など、治療といった意味で使われる「手当て」という言葉。これは「手のひら療法」という民間療法から転じたと一説には言われています。

 

人間の手のひらには熱と湿気があるから患部に当てると簡易的な温湿布の変わりになるとか、手のひらからは静電気が出ているためツボを刺激して血行をよくするなど、ハンドパワーが痛みを和らげるというのです。

 

一方で、お給料の出張手当や家族手当などのように報酬という意味でも使われていたり、欠員を手当てするなど、準備という言葉で使われたりもします。本当はどんな意味なのでしょう?

 

本来の意味は、手当の「手」とは人手のこと。「当」とは充当すること。つまり手当とは、何か事を起こす時には人手を充当する=準備する、処置するという意味。怪我の手当てというのもこの処置という意味で使われており、手のひら療法からきたというのは俗説だとされています。

 

でも、お腹が痛い時にお母さんに手を当ててもらったり、不安な時に誰かにやさしくさすってもらったりすると痛みや不安が和らぐことってありますよね。ハンドパワーが本当にあるかどうかは分かりませんが、もしかしたら誰かに触れられたり寄り添ってもらうことで、病人の方の自然治癒力が高まるということはあるのかもしれませんね。

地下を走る蒸気機関車

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チューブと呼ばれるロンドンの地下鉄。1863年、メトロポリタン鉄道のパディントン駅〜ファリンドン駅間を走ったのが世界最初の地下鉄だそうです。

 

でも当時はまだ蒸気機関車の時代。モクモクと煙を吐くトーマスのような機関車が地下を通るのですから、その煤煙の凄まじさは容易に想像できます。なのに、開通式の日に用意された客車にはなぜか屋根がなかったのだとか。

 

招待された紳士淑女たちはせっかくオシャレして乗ったのに、全身真っ黒になったと思われます。残念ながら乗車前の写真しか残っていないらしく、本当はどれくらいか分かりませんが、きっと人に見せられない状態だったのではないでしょうか。

 

煤煙対策のために、地上まで煙抜けの穴を掘ったり、煙を水に通す装置などを工夫したらしいのですが、大した効果はなかったようです。

 

かつて霧の街ロンドンと呼ばれていたのは、ロマンチックな描写ではなく、各家庭の暖炉や蒸気機関車、産業革命による工場から出る煤煙が霧と混ざり合って空が常に黒く覆われていたことを指します。今でも使われるスモッグという言葉は、20世紀初頭に生まれた煤煙(smoke)と霧(fog)の合成語なのだとか。地下鉄を走る蒸気機関車も、黒い霧を生みだしていたと考えられます。

 

2013年、ロンドンの地下鉄開通150周年を記念し、復元した蒸気機関車が開通した当時と同じ区間を走りました。抽選で当選した人たちが乗車したとのことですが、今回は屋根があったにもかかわらずインタビューで「エクセレント!でもとても煙たかった」と笑顔で感想を述べていました。

数字が常識の域を超えると悟りに達する?

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カラハリ砂漠の先住民であるブッシュマンの社会には、3以上の数字はないと聞いたことがあります。「123、いっぱい」と言うのだそうです。狩りに出たら獲物は、単独、ペア、親子3頭、それ以上は群れになるから3以上の数字は必要ないらしいのです。

 

もうちょっと複雑な世界に生きている私たちの周りにはもっとさまざまな数字があります。お金で言えば、1〜万ぐらいまでが身近な単位。億になるとお金持ちの世界。兆になると国家予算という感覚でしょうか。

 

兆の1万倍は京(けい)で、このあたりから創造を超えた大きさになっていきます。光が1年間に進む距離である1光年がだいたい1京メートル。理化学研究所に設置されたスーパーコンピューターの名前が京で、浮動小数点数演算を1秒あたり1京回行う処理能力が由来だそうです。さらに京の1万倍の垓(がい)は銀河系の直径の距離。そして垓の1万倍の秭(じょ)になると宇宙の直径???と言われています。

 

さらにその上になると、1万倍ごとに、穣(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、正(せい)、載(さい)、極(ごく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)と続きます。

 

この単位が紹介されているのは、江戸時代の学者の吉田光由が書いた「塵却記」という算術書で、これらの単位は仏典から出ている言葉なのだとか。不可思議までは1064乗と数が明記されていて、その次の無量大数は1068乗になるはずですが、1088乗とする説もあり、ここまで来ると無限大すぎてなんだか分からない世界。

 

一方、小数点以下は、分(ぶ)、厘(りん)、毛(もう)ぐらいまではご存知の方もいるでしょう。こちらも糸(し)、忽(こつ)、微(び)…と続き、10-18乗は刹那(せつな)、10-19乗は六徳(りっとく)、10-20乗は空虚(くうきょ)、10-21乗は清浄(せいじょう)と、なんだか清らかになっていきます。

 

理論的な数字も、人知の域を超えると悟りの境地へ向かっていくんですね。

ガリバーは日本にも来ていた

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子どもの頃に誰もが一度は読んだことのある絵本のひとつに「ガリバー旅行記」があると思います。

 

船旅をしていたガリバーは、嵐で船が沈没し小人の国に漂着します。当初、大きなガリバーを恐れた小人たちは、ガリバーを綱で縛り地面に固定しますが、やがてガリバーが悪人でないことを知ると綱を解き仲良く暮らし始めます。ガリバーは城の火事を消したり、攻めてきた敵国の船を全部陸地へ引っ張り上げたりして大活躍。やがて小人が作ってくれた船に乗って無事に自分の国へ帰るという、ざっくり言うとそんな物語でした。

 

ガリバーが縛られたまま小さな食べ物を口に入れられたりする不思議なシーンに、子ども心にワクワクしたものです。…と絵本ではここまでですが、実はこの後も物語が続いているってご存知ですか?

 

ガリバーは巨人の国へ行き、その次は空飛ぶ島(ラピュタと言います)や亡霊の国、不死人間の国を訪れ、なんと日本にも来ているのです。

 

不死人間の国と通商している日本を経由して本国イギリスへ帰ろうとし、江戸へ上陸。皇帝(徳川将軍ですね)に拝謁したり、踏み絵を嫌がったり、なんやかんやありながら、自分をオランダ人だと偽ってアムステルダム行きの船に乗りイギリスへ帰国します。

 

この日本のくだりを書くにあたり、著者のスウィフトは相当詳しく日本を調べたと思われます。ガリバー旅行記が出版されたのは1726年で、日本では8代将軍吉宗の頃。当然日本は鎖国ですから、通商のある国を経由して入国・出国したり、踏み絵があったりとかなり史実に基づいて紹介されています。

 

他はみんな架空の国なのに、なぜ日本だけ実在の国を登場させたのでしょう?14世紀にマルコポーロの東方見聞録で黄金の国ジパングと紹介された不思議な国であり、18世紀には陶器や着物、茶の湯などを通して日本が紹介されていたらしく、実在の文明国でありながら異質な国ということで、スウィフトは興味を持ったのかもしれません。

 

その後ガリバーは馬の国へ行き理想郷として永住を決意しますが、住人たちに拒否られ帰国。すっかり人間嫌いになり、その後は家族とも離れ、馬たちと暮らすというエンディング。この物語には、イギリス社会や当時の文明に対する通説な批判が込められていると言われています。

 

読書の秋、子どもの頃に読んだ物語のその先を大人になってから読むと、まったく違う世界が広がっているようです。