ブルージーンズは毒蛇避けだった!?

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カジュアルファッションの代名詞とも言えるジーンズ。カラーデニムなどと呼ばれさまざまな色がありますが、定番はやはりブルージーンズですね。ジーンズはデニム生地を染めたものなので何色にでもできますが、どうして元々ブルーだったのでしょう?

 

最初にジーンズを作ったのはリーバイスの創業者のリーバイ・ストラウスさん。テントの生地を使い作業用ズボンとして作ったところ丈夫だと評判になり、ゴールドラッシュで沸いていた当時のアメリカで採鉱夫に広まったのだそうです。

 

初めは生成りの色だったのが、インディゴ・ブルーがガラガラ蛇除けになると言われたことから、ブルーで染められるようになったのだとか。どれほど効果があったのかは分かりませんが、ガラガラ蛇の恐怖にさいなまされていた採鉱夫たちにとっては、藁にもすがる思いがあったのかもしれません。

 

ところで、日本で初めてジーンズを履いたのは誰だかご存知ですか?それは、1902年芦屋市生まれの実業家 白洲次郎さんだと言われています。

 

民間人ながら、戦前から首相の側近として活躍し、戦後は占領軍と対等に渡り合い、時にはマッカーサーを叱りつけたことから、連合国側に「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた人。憲法改正やサンフランシスコ講和条約の締結にも力を尽くし、吉田茂首相が退陣すると風のように表舞台から去ったことから「風の男」とも呼ばれています。

 

カッコイイ生き方はファッションにも反映する。労働服だったジーンズも、こうした人が着ることで社会的価値が高められていったんですね。

 

2/17は白洲次郎さん、2/26はリーバイ・ストラウスさんの誕生日。お二人に敬意を表しカッコよくジーンズをはいて出かけましょうか。

ブスとは無表情は顔のこと?

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美しくない女性のことを「ブス」と呼んだりします。最近ではあまり聞かれませんが、それでも森三中の大島美幸さんのご主人である放送作家の鈴木おさむ氏が、自分たちの結婚生活を綴ったエッセイ「ブスの瞳に恋してる」はドラマやマンガにもなりました。漢字にすると「付子」。いったい何のことなんでしょう?

 

これは、トリカブトという植物の毒のこと。トリカブトというのは日本の山林に生えるキンポウゲ科の多年草で、育てやすく紫色の美しい花を咲かせることから、ホームセンターでも売られているそうなのですが、猛毒があり1gの葉でも致死量に至ると言われます。昭和61年にはこの毒を使ったトリカブト保険金殺人事件があり、記憶されている人もいるでしょう。

 

昔の人はこの毒を矢の先につけて狩猟をしました。この毒が入ると口や舌が痺れ、脳の呼吸中枢が麻痺してまったくの無表情になってしまうことから、表情のない美しくない人のことをブスと呼ぶようになったと言われます。つまり、ブスの定義としては、顔のつくりは関係ないということ。

 

顔かたちはどうであれ、ぶすっとせずに表情豊かな人は誰でもかわいいもの。バレンタインにはイキイキとした最高の笑顔美人で攻めてみてはいかが。

カルテの文字がミミズみたいな理由

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お医者さんが横文字で書き付けるカルテ。ニョロニョロとミミズみたいで素人が見ても何と書いてあるかさっぱり分かりません。それもそのはず、あれはドイツ語か英語だから。なぜわざわざ外国語で記すのでしょう?

 

それは、日本語の医学用語は難しい字が多いため。ミズボウソウは水疱瘡、ムシバは齲歯(うし)、クシャミは「噴嚏(ふんてい)」といった具合なのだそうです。

 

たくさんの患者さんを診察しながら素早く書き込まなくてはならないカルテに、こんな言葉を書いていたら時間がかかってしまいます。そこで、表音文字で素早く書ける横文字が使われているのだそうです。

 

例えば成人T細胞白血病ならALTで済みますから、何倍も早く済みます。また、患者さんにカルテを見られてもあまりはっきり知られないように、という配慮もあるようです。

 

今は電子カルテが普及し、病名が入力しやすくなったりまるごと転載ができるなどずいぶん便利になったようです。医師不足と言われる時代、効率化できるところは改善し、落ち着いて患者さんと向き合ったり専門を深める時間に充てられるといいですね。

お正月の遊びに込められた親の願い

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かつてお正月の子供の遊びといえば、凧揚げ、独楽回し、羽根突きがありました。これには意味があります。

 

諸説ありますが、凧揚げは、男子が生まれると無事に成長するよう祈りを込めて親が年の初めに凧を揚げた風習から。独楽回しは、クルクル回る姿からお金が回る意味をこめて縁起物とされたから。

 

羽根突きは、羽根の玉に使われるのが無患子(むくろじ)の実であったため「子供が患わ無い」という願いを込めて。また、羽根が落ちる時にとんぼ返りする=トンボは蚊を食べる=羽根突きをすると蚊に食われないという迷信もあったようです。

 

いずれにしろ子供が健やかに育つ親の願いが込められたものだったんですね。せっかくのお正月、お子さんの成長を願いつつ、親子で昔ながらの遊びを楽しんでみてはいかがでしょう。

なぜ電話では「もしもし」と言うの?

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電話での呼びかけの言葉と言えば「もしもし」です。でも普段の生活ではあまり使わないですよね。どうしてこの言葉が使われるようになったのでしょう?

 

電話交換が始まったのは明治23年。当時はまだ通話相手と直接話せる訳ではなく、電話交換手が間にいてかけた方と受ける方の番号をプラグでつなぐ作業が必要でした。かける人は、まず電話機の脇についたハンドルをグルグル回して電話交換手を呼び出します。交換手とつながったらかけたい相手の番号を伝え、交換手が相手の番号へプラグを刺し、さらにスイッチを押して「電話がかかっていますよ」と相手の電話機のベルを鳴らして知らせ、相手が出るとやっと通話ができるといった具合です。

 

この電話交換の公開実験記録を見ると、かけた人がまず「オイオイ」と電話交換手に呼びかけ、つないでもらって相手が出ると、ここでも「オイオイ」と呼びかけたと記されています。ずいぶん偉そうな言い方ですが、公開実験で電話をかける役となると、どこぞのお偉いさんだったのでしょうか。

 

電話が大衆に広まるにつれて「これからしゃべりますよ」と伝えるために「申します、申します」の意味の「もしもし」になったようです。「もしもしカメよカメさんよ」から始まる兎と亀の童謡が作られたのが明治34年なので、当時の人は普段から人を呼ぶ時に「もしもし」と呼んでいたことが伺われます。この名残が電話の呼びかけとして現代に残ったんですね。

 

遠くの人と瞬時に話せる電話はとても便利ですが、メールやSNSといったさまざまなコミュニケーションツールが発達した今、一方的にかかってきて自分の時間を奪われる電話を「時間のレイプ」と呼んで嫌う人たちもいます。親しき仲にも礼儀あり。相手へのお伺いを立てる気配りは忘れたくないもの。ましてや、いきなり「オレオレ」という人は相手にしないことですね。

燻製が保存食になるのはホルムアルデヒドのおかげ!?

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冷たい北風が吹く季節、落ち葉を集めた焚火を楽しむ方もいるのでは。でも焚火をすると、煙が目にしみて大変だったりします。これは木や草を燃やした煙の中に含まれるホルムアルデヒドやフェノールという成分のせい。

 

ホルムアルデヒドは接着剤や塗料などによく使われますが、これらを使った建材の家でめまいや頭痛などをもよおす症状をシックハウス症候群と呼び、今では使用制限されています。フェノールもフェノール樹脂としてプラスチックや染料に使われますが、いずれも人体に有害な物質。

 

でも逆に、これらが含まれる焚火の煙には殺菌、防腐の作用があることから、その成分を活用したのが魚や肉を煙でいぶして作る燻製です。燻製にすることで保存性が良くなり、風味も増すため昔から保存食などに活用されてきました。

 

ルムアルデヒドが含まれるなら燻製は体に悪いんじゃないの?と心配しなくても大丈夫。煙に含まれる成分はごく微量なので、通常に食べる分ぐらいなら人体に影響はないそうです。ただ、犬や猫などは人間より体も小さく化学物質に過剰に反応しますので与えない方が良さそうです。

街路樹にイチョウが多いのはなぜ?

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街路樹が色づく季節になりました。木々が鮮やかに紅葉すると、何気ないいつもの道が急にドラマチックに見えたりして生活を彩ってくれます。

2012年の国土技術政策総合研究所の調査によると、日本で街路樹として最も使われているのは、1位イチョウ(8.4%)、2位サクラ(7.7%)、3位ケヤキ(7.2%)、4位ハナミズキ(5.3%)、5 位トウカエデ(4.8%)とのこと。いずれも落葉樹ですね。

枯れ葉が散ると清掃が大変そうで、常緑樹の方が手間いらずで良さそうにも思えますが、春に芽生え、夏に茂り、秋に色づき、冬に散ることで季節の移ろいを目で楽しませてくれる落葉樹の方が、日本人好みなのかもしれません。

イチョウの木が人気なのは、街路樹は排気ガスに晒されたり固い地面に植えられたリと過酷な環境を強いられるため、強くて長生きするイチョウが適しているのだとか。また燃えにくい木なので、火災の際に燃え広がるのを防ぐ役目も果たしているそうです。ただ、秋になると銀杏が臭って掃除も大変ということで、最近はオスの木を植えるところが増えているようです。

花に花言葉があるように、樹木にも花言葉(木言葉)があります。イチョウは長寿、サクラは精神美、ケヤキは幸運、ハナミズキは華やかな恋、トウカエデは豊穣など。街に風情を与えてくれる木々たちは、こんな素敵な言葉も投げかけてくれていたんですね。街路樹が美しくおめかししているこの時期、ねぎらいの気持ちも込めて木々たちに会いに行ってみてはいかがでしょう。

小鳥遊、四月一日…クイズのような苗字

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日本人の苗字は約30万種類あると言われています。多い順で言うと、1.佐藤、2.鈴木、3.高橋、4.田中、5.伊藤、6.渡辺、7.山本、8.中村、9.小林、10.加藤となっているそうです。(参考:名字由来net https://myoji-yurai.net/prefectureRanking.htm)。

ずっと一番多いのは鈴木だと思っていましたが、時代と共に変わってくるものなんですね。

 

よくある苗字は読み間違いがなくていいですが、中にはとても難しくて読めない苗字があります。「一」と書いて(にのまえ)と呼ぶ苗字がドラマに登場した時は、なるほど〜と感心したものです。

 

ではこちらの苗字は読めますか?「小鳥遊(たかなし)」鷹がいない=小鳥が安心して遊ぶから。「月見里(やまなし)」山がないため月がよく見えるから。四月一日(わたぬき)」温かくなり綿入れの着物ではなくなるから。「八月一日(ほずみ)」旧暦の81日(今の920日頃)に稲穂を積んで神に捧げる習慣があったから。「栗花落(つゆ)」梅雨の入り頃に栗の花が落ちるから。…まるでクイズのようです。

 

他にも「○(まる、まどか)」漢字で麻呂や丸を書くのが面倒で○記号で略しているうちに名前として通用するようになった、などがあります。「、(しるす、しるし、とどむ)」これも略しているうちに定着したと思われます。読みやすく、呼びやすく、覚えやすいのが良い名前かと思ってしまいますが、なぜこんな難解な苗字が生まれたのでしょう?

 

かつて名前は、人に呼ばれたり書かれたりしてはいけないものだったそうです。古代信仰によると、名前を知られて呼ばれる=盗まれる、支配される、殺されることと思われていたため、すんなり読めないようにしたのだとか。

 

かつて武士の名前は、氏名(うじな)+苗字+諱(いみな)+字(あざな)で正式な名前とされていました。さらにそこへ幼名や通称名などがあったので、名乗り方はけっこういろいろだったようです。戸籍がなかった時代、庶民はもっと自由に呼び合っていたのでしょう。もし自由に名前を変えられるなら、あなたはどんな名前にしたいですか?

ハンサムは誉め言葉ではない!?

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時代と共に移り変わる言葉。流行のサイクルが激しい時代、死語となっていくスピードも早まっているように思います。カッコイイ男性を指す「色男」なんて言葉もそのひとつ。

 

かつては「色男、金と力はなかりけり」などと言われたものですが、今ではあまり使いませんね。その後の「ハンサム」ももう古臭い感じがして、今はもっぱら「イケメン」でしょうか。イケメンはイケてるメンズだと分かりますが、前の2つの由来は何なのでしょう?

 

色という字は象形文字から来ていて、巴は人がひざまずく姿、その上のワは人、つまりひざまずく人の上に人が乗っているという、メイクラブの形なのだそうです。ここからモテる男性のことを色男と呼ぶようになったのだとか。「色っぽい女」などで使われる「色」も同様です。

 

「ハンサム」というのはhandsomeから来ていて、hand(手)でsome(〜しやすい)、つまり手で扱いやすいという意味から女性を手玉に取れるような顔立ちのいい男性という意味らしいです。どちらもあまり誉め言葉ではなかったんですね。

 

実は「イケメン」も既に死語になっているという説が。どこぞの若い子たちの間ではイケてる人のことを「池様」、イケてない人は「沼」と呼んでいるそうです。他にも「超」、「ヤバイ」を使っているのはアラサーだけで、今は「やばば」だという説があったり、意味もなく「卍(まんじ)!」と言う人たちがいたり。SNSのおかげで、一部のグループで使われている言葉が使いやすくおもしろければ全国区になり、そうでもなければ内輪の隠語で終わるということなのでしょう。

 

かつて「チョベリバ」と言っていた人たちも今は30代中頃。使っていた言葉によって年齢が分かる、おもしろい時代になっています。

明治の客車の窓ガラスに白線が入っていた理由

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今も昔も人気の鉄道。近年は男性ファンだけでなく、鉄子と呼ばれるコアな女性ファンも登場し、ひとつのカルチャーカテゴリーになっています。そんな鉄道が誕生したのは明治5年。品川―横浜間で仮営業をスタートしたのが新暦で612日、正式に開通して式典が行われたのが1014日。これを記念して毎年1014日は「鉄道の日」とされています。

 

汽車に初めて乗った当時の人たちは、下駄や草履などの履物をホームに脱いだまま乗ってしまったり、開通当初は列車内にトイレがなかったため、停車中に駅のトイレへ駆け込むのが間に合わずそそうしたりと珍事件が勃発していたようです。

 

ある時など、汽車に乗っていた男性が窓の外に広がる景色に見とれて、窓ガラスがあるのを忘れて思い切り身を乗り出して頭をぶつけ、ガラスを割ってしまったこともあるそうな。汽車だけでなくガラスも珍しかった時代、こうした事故を防ぐため、それからしばらくは窓ガラスの人の目の高さに、白い横線を一本入れていたそうです。大宮の鉄道博物館にある当時の客車の実物大模造にも、確かに窓に白い横線が入っています。せっかくのキレイな景色が見づらくなってしまいますが、安全優先だったのでしょう。

 

今は当たり前になった電車。乗客の多くは下を向いてスマホを見ています。たまには顔を上げて車窓に広がる景色をのんびり眺めてみてはいかがでしょう?空がきれい、季節の花が咲いているなどの発見があり、気ぜわしい今の時代ならではのひとときの贅沢が味わえるかもしれませんよ。