神社には夜の終りを告げる鳥が居る

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新年を迎え、初詣へ行った方もいるでしょう。大きな鳥居の下をくぐると、何となく気が引き締まり荘厳な気持ちになったりします。人間界と神様の領域を分ける結界が鳥居。でも鳥居って、どうしてあんな形をしているのでしょう?しかも「鳥が居る」ってどういう意味?

 

どうやらこの鳥とは、常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)、つまり鶏のこと。そして鳥居のあの形は、鶏の止まり木なのだそうです。

 

鶏と神様の縁は、天岩戸の伝説に遡ります。弟である須佐之男命(すさのおのみこと)のあまりの乱暴ぶりに腹を立て、天岩戸に閉じこもってしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)。そのせいで世の中が暗闇になってしまいました。そこで困り果てた神々が、鶏を鳴かせ、芸能の女神に舞を踊らせて、天照大神を岩戸から呼び出しました。

 

天照大神が岩戸から出てきて暗闇に陽の光が射した時、一斉に鶏が鳴き出します。つまり鶏は、災いや悪霊に満ちた夜の終りを告げる尊い鳥であり、ここからは神様の領域という神社の入口にふさわしい存在なのです。

 

今度神社に行った時は、鳥居をよく見てみましょう。上に大きな鶏が止まっているかもしれません。

家族の心も支えた大黒柱

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「一家の大黒柱」と言えば、家族を支える中心の人物というのはご存知ですね。ではこの大黒柱とは、いったいどんな柱なのでしょう?

 

日本は地震大国で、昔から数々の大地震に悩まされてきました。そこで生まれた日本独自の耐震建築の要が大黒柱です。

 

家を建てる時、通常なら四方に柱を立ててそれを横木でしっかりつなぐと考えますが、それだと地震が来た時に左右運動が大きくなり家が倒壊していまいます。でも柱が1本1本独立して立っていれば揺れによる影響は最小限に止められます。さらにこの柱をつなぐ貫と呼ばれる横木も、柱にしっかり固定するのではなく穴に通しただけなので、揺れを吸収できる作りになっています。

 

でもさすがにこれだけだと家全体の重さを支えることは無理。そこで家の中心に太くて頑丈な柱を1本建て、これに全部の梁をかけることで家の上部の重みを支えるしくみを作ったのです。中心の柱が1本なので、揺れても家が歪みにくいという構造なのだそうです。

 

でもなぜ大黒柱と呼ぶのでしょう?

かつてはこの柱の片側に面した場所に台所があり、台所の神様である大黒様が祀られていました。そこで、この中心の柱を大黒柱と呼ぶようになったのだとか。

 

大黒柱に使われる木材は、欅、楢、栗、樫の木などの強靭な広葉樹が多いそうです。コンクリートなどと比べると木ではいかにも頼りない感じがしてしまいますが、実は木には意外な強度があります。10cm角の柱でも約6トンを支えられ、一般的な大黒柱のサイズ24cm角だと30トンに耐えられ、30坪ほどの木造二階建てなら、大黒柱1本で支えることができる計算になるのだとか。

 

今では見かけなくなりましたが、築100年以上などの古民家を訪れると、そこには黒光りした大黒柱があります。その立派な姿に、人々は建造物としてだけでなく信仰的な意味を込めて家の象徴として崇めてきました。大黒柱は、家だけでなく家族の心も支える存在だったと言えます。

 

今は大黒柱のある家は少なくなりましたが、年末の大掃除に、家族の拠り所となっている場所をみんなでキレイに掃除してはいかがでしょう。家族の絆が強まるかもしれませんよ。

手当てとは手を当てることではない?

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「怪我の手当てをする」など、治療といった意味で使われる「手当て」という言葉。これは「手のひら療法」という民間療法から転じたと一説には言われています。

 

人間の手のひらには熱と湿気があるから患部に当てると簡易的な温湿布の変わりになるとか、手のひらからは静電気が出ているためツボを刺激して血行をよくするなど、ハンドパワーが痛みを和らげるというのです。

 

一方で、お給料の出張手当や家族手当などのように報酬という意味でも使われていたり、欠員を手当てするなど、準備という言葉で使われたりもします。本当はどんな意味なのでしょう?

 

本来の意味は、手当の「手」とは人手のこと。「当」とは充当すること。つまり手当とは、何か事を起こす時には人手を充当する=準備する、処置するという意味。怪我の手当てというのもこの処置という意味で使われており、手のひら療法からきたというのは俗説だとされています。

 

でも、お腹が痛い時にお母さんに手を当ててもらったり、不安な時に誰かにやさしくさすってもらったりすると痛みや不安が和らぐことってありますよね。ハンドパワーが本当にあるかどうかは分かりませんが、もしかしたら誰かに触れられたり寄り添ってもらうことで、病人の方の自然治癒力が高まるということはあるのかもしれませんね。

地下を走る蒸気機関車

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チューブと呼ばれるロンドンの地下鉄。1863年、メトロポリタン鉄道のパディントン駅〜ファリンドン駅間を走ったのが世界最初の地下鉄だそうです。

 

でも当時はまだ蒸気機関車の時代。モクモクと煙を吐くトーマスのような機関車が地下を通るのですから、その煤煙の凄まじさは容易に想像できます。なのに、開通式の日に用意された客車にはなぜか屋根がなかったのだとか。

 

招待された紳士淑女たちはせっかくオシャレして乗ったのに、全身真っ黒になったと思われます。残念ながら乗車前の写真しか残っていないらしく、本当はどれくらいか分かりませんが、きっと人に見せられない状態だったのではないでしょうか。

 

煤煙対策のために、地上まで煙抜けの穴を掘ったり、煙を水に通す装置などを工夫したらしいのですが、大した効果はなかったようです。

 

かつて霧の街ロンドンと呼ばれていたのは、ロマンチックな描写ではなく、各家庭の暖炉や蒸気機関車、産業革命による工場から出る煤煙が霧と混ざり合って空が常に黒く覆われていたことを指します。今でも使われるスモッグという言葉は、20世紀初頭に生まれた煤煙(smoke)と霧(fog)の合成語なのだとか。地下鉄を走る蒸気機関車も、黒い霧を生みだしていたと考えられます。

 

2013年、ロンドンの地下鉄開通150周年を記念し、復元した蒸気機関車が開通した当時と同じ区間を走りました。抽選で当選した人たちが乗車したとのことですが、今回は屋根があったにもかかわらずインタビューで「エクセレント!でもとても煙たかった」と笑顔で感想を述べていました。

数字が常識の域を超えると悟りに達する?

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カラハリ砂漠の先住民であるブッシュマンの社会には、3以上の数字はないと聞いたことがあります。「123、いっぱい」と言うのだそうです。狩りに出たら獲物は、単独、ペア、親子3頭、それ以上は群れになるから3以上の数字は必要ないらしいのです。

 

もうちょっと複雑な世界に生きている私たちの周りにはもっとさまざまな数字があります。お金で言えば、1〜万ぐらいまでが身近な単位。億になるとお金持ちの世界。兆になると国家予算という感覚でしょうか。

 

兆の1万倍は京(けい)で、このあたりから創造を超えた大きさになっていきます。光が1年間に進む距離である1光年がだいたい1京メートル。理化学研究所に設置されたスーパーコンピューターの名前が京で、浮動小数点数演算を1秒あたり1京回行う処理能力が由来だそうです。さらに京の1万倍の垓(がい)は銀河系の直径の距離。そして垓の1万倍の秭(じょ)になると宇宙の直径???と言われています。

 

さらにその上になると、1万倍ごとに、穣(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、正(せい)、載(さい)、極(ごく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)と続きます。

 

この単位が紹介されているのは、江戸時代の学者の吉田光由が書いた「塵却記」という算術書で、これらの単位は仏典から出ている言葉なのだとか。不可思議までは1064乗と数が明記されていて、その次の無量大数は1068乗になるはずですが、1088乗とする説もあり、ここまで来ると無限大すぎてなんだか分からない世界。

 

一方、小数点以下は、分(ぶ)、厘(りん)、毛(もう)ぐらいまではご存知の方もいるでしょう。こちらも糸(し)、忽(こつ)、微(び)…と続き、10-18乗は刹那(せつな)、10-19乗は六徳(りっとく)、10-20乗は空虚(くうきょ)、10-21乗は清浄(せいじょう)と、なんだか清らかになっていきます。

 

理論的な数字も、人知の域を超えると悟りの境地へ向かっていくんですね。

ガリバーは日本にも来ていた

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子どもの頃に誰もが一度は読んだことのある絵本のひとつに「ガリバー旅行記」があると思います。

 

船旅をしていたガリバーは、嵐で船が沈没し小人の国に漂着します。当初、大きなガリバーを恐れた小人たちは、ガリバーを綱で縛り地面に固定しますが、やがてガリバーが悪人でないことを知ると綱を解き仲良く暮らし始めます。ガリバーは城の火事を消したり、攻めてきた敵国の船を全部陸地へ引っ張り上げたりして大活躍。やがて小人が作ってくれた船に乗って無事に自分の国へ帰るという、ざっくり言うとそんな物語でした。

 

ガリバーが縛られたまま小さな食べ物を口に入れられたりする不思議なシーンに、子ども心にワクワクしたものです。…と絵本ではここまでですが、実はこの後も物語が続いているってご存知ですか?

 

ガリバーは巨人の国へ行き、その次は空飛ぶ島(ラピュタと言います)や亡霊の国、不死人間の国を訪れ、なんと日本にも来ているのです。

 

不死人間の国と通商している日本を経由して本国イギリスへ帰ろうとし、江戸へ上陸。皇帝(徳川将軍ですね)に拝謁したり、踏み絵を嫌がったり、なんやかんやありながら、自分をオランダ人だと偽ってアムステルダム行きの船に乗りイギリスへ帰国します。

 

この日本のくだりを書くにあたり、著者のスウィフトは相当詳しく日本を調べたと思われます。ガリバー旅行記が出版されたのは1726年で、日本では8代将軍吉宗の頃。当然日本は鎖国ですから、通商のある国を経由して入国・出国したり、踏み絵があったりとかなり史実に基づいて紹介されています。

 

他はみんな架空の国なのに、なぜ日本だけ実在の国を登場させたのでしょう?14世紀にマルコポーロの東方見聞録で黄金の国ジパングと紹介された不思議な国であり、18世紀には陶器や着物、茶の湯などを通して日本が紹介されていたらしく、実在の文明国でありながら異質な国ということで、スウィフトは興味を持ったのかもしれません。

 

その後ガリバーは馬の国へ行き理想郷として永住を決意しますが、住人たちに拒否られ帰国。すっかり人間嫌いになり、その後は家族とも離れ、馬たちと暮らすというエンディング。この物語には、イギリス社会や当時の文明に対する通説な批判が込められていると言われています。

 

読書の秋、子どもの頃に読んだ物語のその先を大人になってから読むと、まったく違う世界が広がっているようです。

太陽系の並び順で年齢が分かる?

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「太陽系の並び順を知ってる?」と聞かれた時、何て答えますか?「水金地火木土天冥海」と答えた人は、3040代ではないでしょうか?

 

通常は「水金地火木土天海冥」で並んでいるものが、冥王星の軌道が大きく傾斜しているため海王星の内側に入ってしまう時期があります。ちょうど1979~1999年がそうで、この20年間だけは海王星と冥王星の位置が逆になり、「水金地火木土天冥海」になっていました。なので、この時期に小学生〜中学生だった人は、「水金地火木土天冥海」で覚えている確率が高いと言えます。

 

習ったことがいつの間にか変わっているというのはたまにあること。かつて、世界一長い川はミシシッピ川でした。しかし現在は、1位ナイル川、2位アマゾン川、3位長江でミシシッピ川は4位になっています。

 

川が伸びたり縮んだりしているのでしょうか?それとも測量ミス?そうではありません。新しい水源が発見されたのです。ナイル川、アマゾン川、長江は水源地帯の地形が完全には解明されていないため、調査が進むことで新しい水源が発見されました。その分が加算されて全長が伸びたのです。

 

また日本史で、鎌倉幕府の成立はかつて1192年で「イイクニつくろう鎌倉幕府」と覚えていましたが、1192年は源頼朝が征夷大将軍になった年であり、鎌倉幕府はその前に成立していたという新たな解釈により今の教科書は1185年「イイハコつくろう」に変わっています。

 

何事も変化していくのが世の常。教科書で習ったことでも例外ではないということですね。

金を使うのは前と後だけだからキセル

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電車に乗る時、正規の料金を支払わずに何とか安く乗ろうとする人たちがいます。降りる駅と乗る駅の切符や定期券、回数券などを駆使して、間の運賃を浮かそうとしているようです。

 

このような、中間をタダ乗りすることを昔から「キセル」と呼んできました。漢字にすると「煙管」。今ではあまり見かけなくなりましたが、落語でご隠居さんが煙草盆のヘリでポンと打って灰を落としたりしている、あの喫煙具のことですね。なぜ電車で乗車する中間をタダ乗りすることをキセルと言ったのでしょう?

 

キセルは、雁首と呼ぶ煙草を詰める部分と吸い口だけが金具で、間は竹でできた空洞になっています。つまり、金を使うのは入口と出口だけということから、電車の不正乗車もキセルと呼ばれるようになったそうです。もしかしたら、蒸気機関車だった昔は「煙を吐く」という意味合いも含まれていたのかもしれません。

 

生活が貧しかった昔は、少しでもお金を節約したいという気持ちからキセルをする人がいたようですが、今はどちらかというとゲーム感覚で楽しんでいたりするのだとか。でも、これはれっきとした犯罪。

 

乗車区間の正規料金+その2倍の違約金。回数券を使った不正乗車の場合は、さらに使用済みの券片の枚数分の金額。定期を使った不正乗車の場合は、実乗車区間の往復の正規運賃+その2倍の増運賃+使用開始日から不正発見日までの日数分の金額などといった罰金が課せられます。

 

こんなことでコソコソするより、毎日お世話になる駅を気持ちよく使わせてもらった方が何倍もお得な気がします。10/14は鉄道の日。せっかくの日曜日ですから、正々堂々と、電車でのんびり車窓の旅を楽しんでみてはいかがでしょう。

なぜシルバー=高齢者になったのか?

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一昔前は、高齢者を指す言葉に「シルバー」がよく使われました。シルバーシート、シルバーエイジ、シルバー料金、シルバー人材があります。

 

白髪が銀髪っぽいからそう呼ぶのかなと思っていましたが、高齢者をシルバーと呼ぶのは日本ぐらいで、英語圏ではグレーで呼ぶのだそうです。例えば年の功はgray wisdom、老年のはgray hairedというように。

 

シルバーが高齢者を指す言葉として広まったのは1973年の敬老の日に当時の国鉄が山手線、中央線、京浜東北線にシルバーシートを設置してから。他の席と見分けがつくようにシルバーの座席にしてから認知されるようになりました。

 

でも国鉄はその前に、50歳以上の夫婦の旧婚旅行用にシルバー周遊券というものを発行しており、そこから始まっているのだとか。50歳以上といえば、結婚25周年の銀婚式に当たる世代ですから、シルバーという呼び名も熟年という意味でこのあたりからきたのかもしれません。

 

今では、シルバーシートは高齢者だけのものではないという意味で「優先席」に変わり、高齢者を指す言葉もシルバーではなくシニア、エルダーなどと言ったりします。シルバーという言葉を嫌って他の名称に変えても、シニアでもエルダーでも定着してしまえば、同じこと。また高齢者をイメージする言葉になります。

 

9/17は敬老の日。老人福祉法によると、老人とは65歳以上と定められています。今の60代はまだまだ若いので年寄り扱いされたくないと思うかもしれませんが、ありのままに受け入れてみれば逆に気持ちが落ち着くかも。ただ古びた人になるのではなく、価値あるアンティークになろうと思えば、呼び方なんて気にならなくなりそうな気がします。

年寄りの冷や水は隅田川の水だった?

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TVで年配の女優さんが共演者を気遣うようなコメントをされた後、「年寄りの冷や水です」と言ってテヘペロ的に微笑まれたのを見て、かわいらしい優しさを感じました。でも年寄りの冷や水って何だっけ?

 

調べてみると年寄りに相応しくない危険な言動や、差し出がましい行為を警告する言葉とあります。そしてこの冷や水というのは、ただの冷たい水ではなく隅田川の水のことなのだとか。

 

遡ること江戸時代。江戸の町は井戸を掘っても塩水が出て飲める水があまりありませんでした。そこで幕府は1590年に小石川上水、神田上水などの水道を引きました。

 

時代劇などで「水道の水で産湯をつかった江戸っ子だ」とタンカを切るのも、江戸っ子にとって水道が自慢だったんですね。もちろん今のように蛇口をひねると水が出るわけではなく、水源から流れてきた水を街中に設置してある井戸へ供給するしくみだったようです。

 

でもこの自慢の水道も、もともと水源の水量が少なかったり、大名屋敷が贅沢に水を使ったりするため、すぐに水不足に。そこで生まれたのが水屋という商売。いわゆる水売りです。

 

隅田川から汲んだ水を桶に入れ、街中を売り歩いたそうなのですが、何しろ隅田川の水ですからあまり衛生的とは言えません。元気な若者ならまだしも、年寄りが飲んでお腹をこわすことが多かったことから、年甲斐もないことをする例えとして「年寄りの冷や水」という言葉が生まれたのだそうです。やがて水道の整備が進むと水屋はすたれていきました。

 

言葉も時代と共に消えていくものですが、「年寄りの冷や水」という言葉が残っているというのは、いつの時代も年甲斐のない年寄りが多いということなのでしょうか。