蚊に思う存分血を吸わせると痒くならない!?

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夏の夜、寝ようと思ったら耳元でプ〜ンという羽音がして寝られない!蚊の一番頭に来るところです。血を吸うのは卵を産むメスだけで、あのプ〜ンという羽音も、交尾をするオスをおびき寄せるためなのだとか。

 

蚊のもうひとつ頭に来るのが、血を吸われていても気付ないこと。あんな針を刺されているのになぜ何も感じないかというと、蚊の針は1本ではなく数本が束ねられた状態で接触面が少ないため、傷みを感じないようになっているというのですから驚きです。確かに、針を刺す時が一番、蚊にとって危険なわけですから、ここをクリアすることが子孫を残すためには重要なんですね。

 

ではなぜ、蚊に刺されると痒くなるのでしょう?動物の血は体外に出ると固まる性質があるため、蚊は血を吸う時に血を固めない物質を出します。この物質が人間の体内に入ると抗体となって痒くなるのだそうです。

 

蚊に刺されてる!と気づくと、思わずそこでパンッと叩いていませんか?実はこれが一番痒くなる原因。蚊は血を吸い終わるとこの痒くなる物質も吸い戻してしまうため、吸い終わるまでじっと待った方が痒みが少なくて済むのだとか。本当かどうか、勇気のある方は試してみてください。

水入りペットボトルは怖くないニャ

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よく家の周りや庭先に水の入ったペットボトルを置いているのを見かけます。猫が勝手に入ってきてフンをしたりするのを避けるための猫よけとして置いていると思いますが、実は効果がないどころか危険だって知ってましたか?

 

ペットボトルの水に光が反射してキラキラ光るのを猫は嫌うということから、猫よけに効果的と一時期ブームになりました。でも、猫が警戒するのは最初のうちだけ。特に害がないと分かると、その後は気にしなくなります。

 

それだけなら仕方ないで済みますが、水の入ったペットボトルに光が当たると、光が反射や屈折をして一点に集まり火災を引き起こす恐れが。収れん現象と言って、虫眼鏡で光を一点に集めると火が点くのと同じ原理です。そのため、2010年には東京消防庁が猫よけペットボトルへの注意喚起を行っています。

 

だったら安全な猫よけにどんな方法があるのでしょう?(1)猫の嫌いな臭いを撒く…市販の忌避剤、木酢液、ミカンの皮など。ペパーミント、ローズマリー、レモングラスなどのハーブを猫の通り道に植えたり、鉢に入れて置くのもいいでしょう。玉ねぎをバラバラにして撒いたら効果があったという例もあるそうです。

 

(2)猫の嫌がるものを置く…砂利、大きな石、市販のトゲトゲシート、超音波猫よけ機。猫は水を嫌うので、水を撒く。バラやサボテンなどトゲのある植物を植えたり、タイムやゼラニウムなど地面を覆う植物を植える。

 

(3)猫が来たら追い払う…センサー感知式散水機、センサー感知式ブザーなどがあるようです。

 

いずれも猫によって個体差があり、万能という訳ではないようです。また一回で効くというものでもないので、「ここは何か落ち着かないニャ」と猫が学習するまで、繰り返し継続することが大事だそうです。

リーゼントは前髪のことじゃない!?

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80年代、ツッパリと呼ばれる血気盛んなメンズたちの間で流行ったのが、リーゼントというヘアスタイル。前髪をオールバックにして高く盛り上げ後ろへ流し、両サイドの髪を後ろへなでつけたスタイルです。当時を知らない人でも、ツッパリやヤンキー漫画などでご存知の方もいるでしょう。

 

もともとこの髪型が流行したのは1930年代のイギリスはロンドン。左右に分かれた道路が途中で膨らみ合流するリーゼントストリートに似ていることから、そう呼ばれるようになったそうです。後ろになでつけた形がアヒルの後ろ姿に似ていることから、別名ダックテール。

 

ん?ということは?前方が大きく膨らんだ髪型の前方部分がリーゼントなのではなく、左右に分かれてから合流する髪型のことをリーゼントと言うんですね。ちなみに前方が膨らんだ髪型のことはポンパドールと言うのだそうです。みやぞんさんや綾小路翔さんの髪型は、前髪がポンパドール、後頭部がリーゼントということになります。

 

エルビス・プレスリーのロカビリーブームで1950年代に日本に入ってきてから半世紀。最近はすっかり見かけなくなりました。80年代のツッパリ高校生の青春を描いた漫画「今日から俺は」が2018年にTVドラマ化されてブレイクしましたが、主人公2人の髪型は金髪パーマと尖ったツンツンヘア。脇を固めたツッパリ仲間たちにもリーゼントと思わしき人は見かけませんでした。もしかしたらライバル校の中にいたかな?ぐらい。ちょっと泥臭くて今の時代にはそぐわないのでしょうか。

 

でも、同時代に女子の間で流行した聖子ちゃんカットは、ドラマ「あまちゃん」の有村架純さんやバラエティ「ゴチになります」の二階堂ふみさんの影響か、きゃりーぱみゅぱみゅさんがインスタで聖子ちゃんカットを披露したりと、流行に敏感な女子の中で今風にアレンジして取り入れている人もいるようです。流行は繰り返すもの。リーゼントも、カッコイイキャラが現れたらまた復活するかもしれませんね。

セーラー服のかわいい襟はフケ除けだった?

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新学期が始まり、新入生のピカピカの制服がまぶしい季節。特に目を引くのが、日本のJK(女子高生)の代名詞とも言えるセーラー服ではないでしょうか。何といってもあの大きな襟、セーラーカラーがおしゃれでかわいいですよね。

 

でも、ご存知の通り、もとはと言えばセーラー服は海軍の水兵さんの制服。初めて採用したのは17世紀のイギリス海軍だそうです。マッスルな水兵さんが、なぜあのかわいい大きな襟を必要としたのでしょう?

 

当時の水兵さんは長髪を後ろで縛り、ポマードで固めた髪型(タールテール)が主流でした。でも、船の上では入浴も洗髪も洗濯もままならない生活。どうしても背中がフケや脂で汚れてしまいます。そこで、髪の汚れが服につかないように大きな布を後ろに垂らしたのが始まりという説があります。そんな理由だったかと思うとちょっと興ざめですが、もっとも、タールテールが見られたのは1827年までで、大きな襟が現れたのは1830年以降だとイギリス政府のサイトでは言っているので、真偽のほどは分かりません。

 

女学生の制服として日本で初めてセーラー服を導入したのは、1920年京都の平安女学院とされていて、ワンピース型のウエストをベルトで締めるスタイルだったそうです。現在のようなセパレート型で採用した学校は諸説あるようですが、福岡女学院が動きやすい体操服としてセーラー服を元に太田洋品店の太田豊吉に開発を依頼したもので、プリーツスーカートも動きやすいようにと太田さんが考えたという説がおもしろいです。

 

フィギュアスケート世界女王のメドベージョワ選手が美少女戦士セーラームーンのコスプレでセーラー服姿を披露するなど、日本アニメ人気のおかげで、今や「Sailor fuku」は万国共通語になりつつあります。水兵さんのセーラー服は実用的な軍服のひとつですが、今やセーラー服は、かわいい女学生をアイコン化する際の最強の武器になりました。日本のサブカルチャーの威力、恐るべし。

 

人間は125歳までは生きられる!?

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現在、世界最高齢の人は誰かご存知ですか?日本人で、福岡市にお住まいの田中力子(たなか かね)さん、1903 12日生まれの116歳です。でも、日本人の歴代ご長寿さんでいうと田中さんは第6位。

 

ランキングでは、5位木村次郎右衛門さん(京丹後市)11654日、4位猪飼たねさん(名古屋市)116175日、3位大川ミサヲさん(大阪市)11727日、2位都千代さん(横浜市)11781日、そして栄えある第1位は、田島ナビさん(鹿児島県喜界町)117260日となっています。

 

皆さん116117歳で、これが今の人類長寿の限界か?とも思えますが、世界で一番長生きした人を見ると、フランス人のジャンヌ・カルマンさんが、1875221日〜199784日の122164日までご存命だったというのですから驚きです。

 

伝説レベルで言うと、スコッチウィスキーのラベル「オールドパー」で有名なトーマス・パー氏は152歳まで生きたと言われ、102歳の時に強姦罪で刑務所へ入れられたといういわくつき。旧ソ連のシラリ・ムスリモフ氏は130歳の時に56歳の奥さんに娘を生ませ、1974年に168歳で亡くなったそうです。

 

実際、人間はいくつまで生きられるのか?動物の寿命は、成熟するまでの期間の5倍の寿命があると科学的に言われているそうです。ということは、人間の成熟を25歳とすると、125歳まで生きられることになります。実際、医学や栄養状態の発展のおかげで人類の寿命は延び続けていて、日本人の寿命は男性81.09歳、女性87.26歳(平成29年 厚生労働省)。90歳以上の高齢者が史上初200万人を突破し、100歳以上の人は67000人余りと過去最多になりました。

 

長寿時代の生き方を提唱した「LIFE SHIFT100年時代の人生戦略」の著者リンダ・グラットンさんは、2007年生まれの子供は50%の確率で107歳まで生きると言っています。人類史上初、人生100年時代を迎えようとしている今、いかにWellness(身体の健康、心の健康、環境の健康、社会的健康)を実現していくかがこれからの私たちの課題です。

1両=1円=1ドル??

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時代劇でよく目にする小判。鼠小僧が悪代官の屋敷から盗み出した小判を貧しい町人の家にチャリーンと投げ入れるのを見たりすると、あれでどれぐらい生活が助かるのかな?なんて思ってしまいます。

 

お金の価値は時代によって変わりますが、日本銀行金融研究所貨幣博物館が当時のモノの値段を現代と比べる方法で行った試算によると、1両は、米一石(約150kg)で63,000円、大工さんの賃金だと23人分で約350,000円、おそば約406杯で1214万円ぐらいのようです。江戸時代と比べて今の方が人件費が高いということがよく分かりますね。

 

この両という単位は貨幣が生まれる前から使われていて、平安時代には砂金を紙に包んで「金何両」と表示していたそうです。それからずっと使われ続け、廃止されたのは明治に貨幣単位が円になった時。明治政府が旧幕府の使っていた「両」を嫌って新しく名付けたと言われています。

 

幕末には大量のメキシコ銀貨の1ドルが流れ込んできました。この換算をどうするか幕府とハリスが交渉し、最初は銀の含有量を元に1ドル=3分銀と決めました。しかし、金の含有量に基づくと1両(天保小判)=4ドルだったため、メキシコドル4枚→1分銀12枚→小判3枚→メキシコドル12枚と、両替するだけで外国人商人が利益を上げられることになってしまったのです。

 

開国後に大量の小判が海外へ流出してしまったため、幕府は金の含有量を減らした万延小判を新たに発行して1ドル=1両とし、明治になると1ドル=1両=1円へと切り替えたそうです。

 

この頃の1円は今の2万円ぐらいの価値だったそうで、1ドルも2万円と相当な円安ドル高でした。ちなみに11gの天保小判を現在の金の相場(1g4800円)だけで換算すると、金の含有量が57%として約3万円ほどでしょうか。でも古物商の取引額を見ると骨董の価値が加算されて税込で30万円などになっています。物の価値って本当に分からないものですね。

帝王切開の帝王って誰のこと?

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今や日本では5人に1人が帝王切開で生まれているそうです。原因はいろいろありますが、出産年齢の上昇に伴い、分娩時間が長引いて母子への負担が増えたり、医療の進歩で妊娠中に母子の状態がよく分かるようになり、危険な兆候が出た場合には大事をとって帝王切開するケースが増えたことなどが挙げられます。

 

の赤ちゃんを取り出す開腹手術をなぜ「帝王切開」という仰々しい呼び方をするようになったのでしょう?

 

帝王切開は紀元前3世紀の古代エジプトで既に行われた記録があり、ローマ帝国でも行われていたそうです。帝王切開はラテン語でsectio caesareaと言い、切り刻むという意味のcaesareaがドイツ語に訳す時にcaesar(カエサル)と誤訳。ローマ帝国のジュリアス・シーザーを指す言葉として伝えられ、日本でも帝王という言葉に当てられたのだとか。また、シーザーが帝王切開で生まれたからという節もあります。

 

いずれにしろ帝王切開は安全な出産をするために行われるものですが、20179月、中国で悲劇がありました。家族に帝王切開を許してもらえなかった妊婦が病院から飛び降り自殺をし、胎児とも死亡してしまったというのです。胎児の頭が通常より大きかったため病院側は帝王切開の準備をしていたそうなのですが、中国では法的に、妊婦が帝王切開で出産するには家族の許可を得なければならず、痛みに耐えられないと訴える妊婦の希望を拒み、頑なに自然分娩をするよう主張したため悲劇を招きました。

 

中国では以前、好きな誕生日に生むために50%以上が帝王切開で出産していた時期があり、非難されていました。この家族が帝王切開を許さなかった理由は分かりませんが、その頃の偏見が残っていたのかもしれません。

 

実は日本でも、帝王切開した女性の心を傷つける出来事が多々あるそうです。帝王切開した人は産みの苦しみを知らない楽な出産をしているなどと言ったり、産道を通っていない子は我慢強くないらしい、子どもが情緒不安定なのは帝王切開で生んだから、など根拠のない偏見を持つ人がいるというのです。

 

子どもは家族にとっても、地域にとっても大切な宝物。どんな生まれ方をしようと、出産へのねぎらいと生命への敬愛は忘れたくないものです。

サンドイッチ伯爵は本当にカード好き?

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コンビニやパン屋さんですっかりおなじみのサンドイッチ。シンプルだけどいろんな具材が楽しめて、忙しい合間にサッと食べられる軽食として人気です。近年ではボリュームのある断面が見た目も鮮やかな、その名も「萌え断サンドイッチ」がインスタ映えするとブームになりました。

 

サンドイッチが日本で普及したのは文明開化の明治の頃。東海道線が開通し、各地に新しい駅ができて世の中が大きく変わろうとしていた時代。大船駅の開業と共に駅弁業を始めた大船軒が、外遊先から戻った薩摩藩出身の政治家 黒田清隆に勧められて、明治32年にサンドイッチの駅弁販売を開始したのが始まりと言われています。

 

当初は輸入したハムを使っていたのが、サンドイッチがおいしさと珍しさで大人気となり売り切れ状態になったことから、自社でハム製造を始めました。これが今なおブランドとして人気の鎌倉ハムの始まりだそうです。

 

もともとサンドイッチが生まれたのはイギリスと言われています。カードゲーム好きなサンドイッチ伯爵が、ゲームの合間に食べていたのが始まりという話を聞いた方もいるでしょう。

 

パンに具を挟んで食べる習慣はその前からあったのに、このタイミングでわざわざ伯爵の名前が付いたのはなぜでしょう。よほど頻繁に食べていたのでしょうか。

 

かつてハワイがサンドイッチ諸島と呼ばれていたのはご存知ですか?地理的にハワイ諸島を初めて発見したのは1778年、イギリスの有名な探検家クック船長。この時のイギリスの海軍大臣があのサンドイッチ伯爵で、クック船長は後援者だった伯爵に敬意を評してサンドイッチ諸島と名付けたようです。

 

海軍大臣という忙しい役職に付いていたサンドイッチ伯爵ですから、カードゲームに興じている暇などなく、これはゴシップネタだったと疑う人もいるようです。もしかしたら多忙な仕事の合間にサンドイッチをほおばっていた、というのはあるかもしれませんね。

 

13で挟まれている3/13はサンドイッチの日だそうです。この日はおいしいサンドイッチでもいただきましょうか。

くしゃみをすると魂が抜け出る?

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威勢のいいおじさんがくしゃみをした時、「はーくしょん!てやんでぃ、こんちくしょーめ」などと悪態をつくことがあります。ただふざけているだけかと思っていたら、あれにもちゃんと意味があるようです。

 

もともとくしゃみは不吉なものとされていました。くしゃみをするとその反動で魂が抜け出て早死してしまう。くしゃみをするのは、誰かが自分を呪っているから、と考えていたのです。

 

そこで、くしゃみをした後は「くさめくさめ」とおまじないを唱えました。この言葉が「くしゃみ」の語源になったそうです。くさめとは文字で書き起こすと「糞食め(くそはめ)」で、呪い返しの意味があったのだとか。

 

これが江戸時代になると「糞くらえ」になり、明治時代まで下町の職人の間に残っていたようです。ここから、おじさんの「こんちくしょー」につながっていると考えられます。

 

不吉と言われるくしゃみですが、1回は悪い噂、2回は良い噂、3回は惚れられ、4回は風邪などと、回数によって解釈が変わるって聞いたことはありませんか?もちろん迷信ですが、くしゃみは自分でコントロールできないため、そんな占いめいたことにも使われたのでしょう。

 

これは地方や国でも違い、スペインのように1回は健康、2回は健康とお金、3回は健康とお金と愛と、どこまでいっても良いことが起きるという国もあります。

 

せっかくなら良い方に解釈したいですが、今の時期に何度もくしゃみが出るのは風邪か花粉症かもしれません。お大事に。

競争社会の厳しさを知り尽くしている受験の神様

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受験シーズン到来。受験生のために天神様のお守りを買い求めた人もいるのでは。

 

学問の神である天神様。祀られているのは、平安時代の貴族であり学者だった菅原道真公です。なぜこの人が受験の神様になったのでしょう?

 

菅原道真は優秀な人材で、学者では珍しく右大臣にまでなった人。ところがこの出世を妬んだ藤原時平の陰謀に遭い九州の太宰府に左遷されてしまい、そのまま失意のうちに病死してしまいました。その後、皇室に雷が落ちたり不幸が続いたため、道真の怨霊の祟りと恐れられ、霊を鎮めるために火雷天神という神様の称号をつけて北野天神に祀られるようになりました。

 

道真公の命日が2月の25日でまさに受験シーズ真っ盛りということから、受験の神様になったとも言われています。

 

天神というのは雷神のことで、本当は道真以外の天神様もいたのに、今ではすっかり天神様と言えば道真公のことを指すようになりました。

 

波乱に富んだ人生だったものの、最終的に神様になったのですから道真公は大出世したと言えます。これから厳しい競争社会を生きる受験生たちに、強いエールを送ってくれることでしょう。