人間は125歳までは生きられる!?

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現在、世界最高齢の人は誰かご存知ですか?日本人で、福岡市にお住まいの田中力子(たなか かね)さん、1903 12日生まれの116歳です。でも、日本人の歴代ご長寿さんでいうと田中さんは第6位。

 

ランキングでは、5位木村次郎右衛門さん(京丹後市)11654日、4位猪飼たねさん(名古屋市)116175日、3位大川ミサヲさん(大阪市)11727日、2位都千代さん(横浜市)11781日、そして栄えある第1位は、田島ナビさん(鹿児島県喜界町)117260日となっています。

 

皆さん116117歳で、これが今の人類長寿の限界か?とも思えますが、世界で一番長生きした人を見ると、フランス人のジャンヌ・カルマンさんが、1875221日〜199784日の122164日までご存命だったというのですから驚きです。

 

伝説レベルで言うと、スコッチウィスキーのラベル「オールドパー」で有名なトーマス・パー氏は152歳まで生きたと言われ、102歳の時に強姦罪で刑務所へ入れられたといういわくつき。旧ソ連のシラリ・ムスリモフ氏は130歳の時に56歳の奥さんに娘を生ませ、1974年に168歳で亡くなったそうです。

 

実際、人間はいくつまで生きられるのか?動物の寿命は、成熟するまでの期間の5倍の寿命があると科学的に言われているそうです。ということは、人間の成熟を25歳とすると、125歳まで生きられることになります。実際、医学や栄養状態の発展のおかげで人類の寿命は延び続けていて、日本人の寿命は男性81.09歳、女性87.26歳(平成29年 厚生労働省)。90歳以上の高齢者が史上初200万人を突破し、100歳以上の人は67000人余りと過去最多になりました。

 

長寿時代の生き方を提唱した「LIFE SHIFT100年時代の人生戦略」の著者リンダ・グラットンさんは、2007年生まれの子供は50%の確率で107歳まで生きると言っています。人類史上初、人生100年時代を迎えようとしている今、いかにWellness(身体の健康、心の健康、環境の健康、社会的健康)を実現していくかがこれからの私たちの課題です。

1両=1円=1ドル??

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時代劇でよく目にする小判。鼠小僧が悪代官の屋敷から盗み出した小判を貧しい町人の家にチャリーンと投げ入れるのを見たりすると、あれでどれぐらい生活が助かるのかな?なんて思ってしまいます。

 

お金の価値は時代によって変わりますが、日本銀行金融研究所貨幣博物館が当時のモノの値段を現代と比べる方法で行った試算によると、1両は、米一石(約150kg)で63,000円、大工さんの賃金だと23人分で約350,000円、おそば約406杯で1214万円ぐらいのようです。江戸時代と比べて今の方が人件費が高いということがよく分かりますね。

 

この両という単位は貨幣が生まれる前から使われていて、平安時代には砂金を紙に包んで「金何両」と表示していたそうです。それからずっと使われ続け、廃止されたのは明治に貨幣単位が円になった時。明治政府が旧幕府の使っていた「両」を嫌って新しく名付けたと言われています。

 

幕末には大量のメキシコ銀貨の1ドルが流れ込んできました。この換算をどうするか幕府とハリスが交渉し、最初は銀の含有量を元に1ドル=3分銀と決めました。しかし、金の含有量に基づくと1両(天保小判)=4ドルだったため、メキシコドル4枚→1分銀12枚→小判3枚→メキシコドル12枚と、両替するだけで外国人商人が利益を上げられることになってしまったのです。

 

開国後に大量の小判が海外へ流出してしまったため、幕府は金の含有量を減らした万延小判を新たに発行して1ドル=1両とし、明治になると1ドル=1両=1円へと切り替えたそうです。

 

この頃の1円は今の2万円ぐらいの価値だったそうで、1ドルも2万円と相当な円安ドル高でした。ちなみに11gの天保小判を現在の金の相場(1g4800円)だけで換算すると、金の含有量が57%として約3万円ほどでしょうか。でも古物商の取引額を見ると骨董の価値が加算されて税込で30万円などになっています。物の価値って本当に分からないものですね。

帝王切開の帝王って誰のこと?

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今や日本では5人に1人が帝王切開で生まれているそうです。原因はいろいろありますが、出産年齢の上昇に伴い、分娩時間が長引いて母子への負担が増えたり、医療の進歩で妊娠中に母子の状態がよく分かるようになり、危険な兆候が出た場合には大事をとって帝王切開するケースが増えたことなどが挙げられます。

 

の赤ちゃんを取り出す開腹手術をなぜ「帝王切開」という仰々しい呼び方をするようになったのでしょう?

 

帝王切開は紀元前3世紀の古代エジプトで既に行われた記録があり、ローマ帝国でも行われていたそうです。帝王切開はラテン語でsectio caesareaと言い、切り刻むという意味のcaesareaがドイツ語に訳す時にcaesar(カエサル)と誤訳。ローマ帝国のジュリアス・シーザーを指す言葉として伝えられ、日本でも帝王という言葉に当てられたのだとか。また、シーザーが帝王切開で生まれたからという節もあります。

 

いずれにしろ帝王切開は安全な出産をするために行われるものですが、20179月、中国で悲劇がありました。家族に帝王切開を許してもらえなかった妊婦が病院から飛び降り自殺をし、胎児とも死亡してしまったというのです。胎児の頭が通常より大きかったため病院側は帝王切開の準備をしていたそうなのですが、中国では法的に、妊婦が帝王切開で出産するには家族の許可を得なければならず、痛みに耐えられないと訴える妊婦の希望を拒み、頑なに自然分娩をするよう主張したため悲劇を招きました。

 

中国では以前、好きな誕生日に生むために50%以上が帝王切開で出産していた時期があり、非難されていました。この家族が帝王切開を許さなかった理由は分かりませんが、その頃の偏見が残っていたのかもしれません。

 

実は日本でも、帝王切開した女性の心を傷つける出来事が多々あるそうです。帝王切開した人は産みの苦しみを知らない楽な出産をしているなどと言ったり、産道を通っていない子は我慢強くないらしい、子どもが情緒不安定なのは帝王切開で生んだから、など根拠のない偏見を持つ人がいるというのです。

 

子どもは家族にとっても、地域にとっても大切な宝物。どんな生まれ方をしようと、出産へのねぎらいと生命への敬愛は忘れたくないものです。

サンドイッチ伯爵は本当にカード好き?

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コンビニやパン屋さんですっかりおなじみのサンドイッチ。シンプルだけどいろんな具材が楽しめて、忙しい合間にサッと食べられる軽食として人気です。近年ではボリュームのある断面が見た目も鮮やかな、その名も「萌え断サンドイッチ」がインスタ映えするとブームになりました。

 

サンドイッチが日本で普及したのは文明開化の明治の頃。東海道線が開通し、各地に新しい駅ができて世の中が大きく変わろうとしていた時代。大船駅の開業と共に駅弁業を始めた大船軒が、外遊先から戻った薩摩藩出身の政治家 黒田清隆に勧められて、明治32年にサンドイッチの駅弁販売を開始したのが始まりと言われています。

 

当初は輸入したハムを使っていたのが、サンドイッチがおいしさと珍しさで大人気となり売り切れ状態になったことから、自社でハム製造を始めました。これが今なおブランドとして人気の鎌倉ハムの始まりだそうです。

 

もともとサンドイッチが生まれたのはイギリスと言われています。カードゲーム好きなサンドイッチ伯爵が、ゲームの合間に食べていたのが始まりという話を聞いた方もいるでしょう。

 

パンに具を挟んで食べる習慣はその前からあったのに、このタイミングでわざわざ伯爵の名前が付いたのはなぜでしょう。よほど頻繁に食べていたのでしょうか。

 

かつてハワイがサンドイッチ諸島と呼ばれていたのはご存知ですか?地理的にハワイ諸島を初めて発見したのは1778年、イギリスの有名な探検家クック船長。この時のイギリスの海軍大臣があのサンドイッチ伯爵で、クック船長は後援者だった伯爵に敬意を評してサンドイッチ諸島と名付けたようです。

 

海軍大臣という忙しい役職に付いていたサンドイッチ伯爵ですから、カードゲームに興じている暇などなく、これはゴシップネタだったと疑う人もいるようです。もしかしたら多忙な仕事の合間にサンドイッチをほおばっていた、というのはあるかもしれませんね。

 

13で挟まれている3/13はサンドイッチの日だそうです。この日はおいしいサンドイッチでもいただきましょうか。

くしゃみをすると魂が抜け出る?

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威勢のいいおじさんがくしゃみをした時、「はーくしょん!てやんでぃ、こんちくしょーめ」などと悪態をつくことがあります。ただふざけているだけかと思っていたら、あれにもちゃんと意味があるようです。

 

もともとくしゃみは不吉なものとされていました。くしゃみをするとその反動で魂が抜け出て早死してしまう。くしゃみをするのは、誰かが自分を呪っているから、と考えていたのです。

 

そこで、くしゃみをした後は「くさめくさめ」とおまじないを唱えました。この言葉が「くしゃみ」の語源になったそうです。くさめとは文字で書き起こすと「糞食め(くそはめ)」で、呪い返しの意味があったのだとか。

 

これが江戸時代になると「糞くらえ」になり、明治時代まで下町の職人の間に残っていたようです。ここから、おじさんの「こんちくしょー」につながっていると考えられます。

 

不吉と言われるくしゃみですが、1回は悪い噂、2回は良い噂、3回は惚れられ、4回は風邪などと、回数によって解釈が変わるって聞いたことはありませんか?もちろん迷信ですが、くしゃみは自分でコントロールできないため、そんな占いめいたことにも使われたのでしょう。

 

これは地方や国でも違い、スペインのように1回は健康、2回は健康とお金、3回は健康とお金と愛と、どこまでいっても良いことが起きるという国もあります。

 

せっかくなら良い方に解釈したいですが、今の時期に何度もくしゃみが出るのは風邪か花粉症かもしれません。お大事に。

競争社会の厳しさを知り尽くしている受験の神様

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受験シーズン到来。受験生のために天神様のお守りを買い求めた人もいるのでは。

 

学問の神である天神様。祀られているのは、平安時代の貴族であり学者だった菅原道真公です。なぜこの人が受験の神様になったのでしょう?

 

菅原道真は優秀な人材で、学者では珍しく右大臣にまでなった人。ところがこの出世を妬んだ藤原時平の陰謀に遭い九州の太宰府に左遷されてしまい、そのまま失意のうちに病死してしまいました。その後、皇室に雷が落ちたり不幸が続いたため、道真の怨霊の祟りと恐れられ、霊を鎮めるために火雷天神という神様の称号をつけて北野天神に祀られるようになりました。

 

道真公の命日が2月の25日でまさに受験シーズ真っ盛りということから、受験の神様になったとも言われています。

 

天神というのは雷神のことで、本当は道真以外の天神様もいたのに、今ではすっかり天神様と言えば道真公のことを指すようになりました。

 

波乱に富んだ人生だったものの、最終的に神様になったのですから道真公は大出世したと言えます。これから厳しい競争社会を生きる受験生たちに、強いエールを送ってくれることでしょう。

神社には夜の終りを告げる鳥が居る

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新年を迎え、初詣へ行った方もいるでしょう。大きな鳥居の下をくぐると、何となく気が引き締まり荘厳な気持ちになったりします。人間界と神様の領域を分ける結界が鳥居。でも鳥居って、どうしてあんな形をしているのでしょう?しかも「鳥が居る」ってどういう意味?

 

どうやらこの鳥とは、常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)、つまり鶏のこと。そして鳥居のあの形は、鶏の止まり木なのだそうです。

 

鶏と神様の縁は、天岩戸の伝説に遡ります。弟である須佐之男命(すさのおのみこと)のあまりの乱暴ぶりに腹を立て、天岩戸に閉じこもってしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)。そのせいで世の中が暗闇になってしまいました。そこで困り果てた神々が、鶏を鳴かせ、芸能の女神に舞を踊らせて、天照大神を岩戸から呼び出しました。

 

天照大神が岩戸から出てきて暗闇に陽の光が射した時、一斉に鶏が鳴き出します。つまり鶏は、災いや悪霊に満ちた夜の終りを告げる尊い鳥であり、ここからは神様の領域という神社の入口にふさわしい存在なのです。

 

今度神社に行った時は、鳥居をよく見てみましょう。上に大きな鶏が止まっているかもしれません。

家族の心も支えた大黒柱

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「一家の大黒柱」と言えば、家族を支える中心の人物というのはご存知ですね。ではこの大黒柱とは、いったいどんな柱なのでしょう?

 

日本は地震大国で、昔から数々の大地震に悩まされてきました。そこで生まれた日本独自の耐震建築の要が大黒柱です。

 

家を建てる時、通常なら四方に柱を立ててそれを横木でしっかりつなぐと考えますが、それだと地震が来た時に左右運動が大きくなり家が倒壊していまいます。でも柱が1本1本独立して立っていれば揺れによる影響は最小限に止められます。さらにこの柱をつなぐ貫と呼ばれる横木も、柱にしっかり固定するのではなく穴に通しただけなので、揺れを吸収できる作りになっています。

 

でもさすがにこれだけだと家全体の重さを支えることは無理。そこで家の中心に太くて頑丈な柱を1本建て、これに全部の梁をかけることで家の上部の重みを支えるしくみを作ったのです。中心の柱が1本なので、揺れても家が歪みにくいという構造なのだそうです。

 

でもなぜ大黒柱と呼ぶのでしょう?

かつてはこの柱の片側に面した場所に台所があり、台所の神様である大黒様が祀られていました。そこで、この中心の柱を大黒柱と呼ぶようになったのだとか。

 

大黒柱に使われる木材は、欅、楢、栗、樫の木などの強靭な広葉樹が多いそうです。コンクリートなどと比べると木ではいかにも頼りない感じがしてしまいますが、実は木には意外な強度があります。10cm角の柱でも約6トンを支えられ、一般的な大黒柱のサイズ24cm角だと30トンに耐えられ、30坪ほどの木造二階建てなら、大黒柱1本で支えることができる計算になるのだとか。

 

今では見かけなくなりましたが、築100年以上などの古民家を訪れると、そこには黒光りした大黒柱があります。その立派な姿に、人々は建造物としてだけでなく信仰的な意味を込めて家の象徴として崇めてきました。大黒柱は、家だけでなく家族の心も支える存在だったと言えます。

 

今は大黒柱のある家は少なくなりましたが、年末の大掃除に、家族の拠り所となっている場所をみんなでキレイに掃除してはいかがでしょう。家族の絆が強まるかもしれませんよ。

手当てとは手を当てることではない?

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「怪我の手当てをする」など、治療といった意味で使われる「手当て」という言葉。これは「手のひら療法」という民間療法から転じたと一説には言われています。

 

人間の手のひらには熱と湿気があるから患部に当てると簡易的な温湿布の変わりになるとか、手のひらからは静電気が出ているためツボを刺激して血行をよくするなど、ハンドパワーが痛みを和らげるというのです。

 

一方で、お給料の出張手当や家族手当などのように報酬という意味でも使われていたり、欠員を手当てするなど、準備という言葉で使われたりもします。本当はどんな意味なのでしょう?

 

本来の意味は、手当の「手」とは人手のこと。「当」とは充当すること。つまり手当とは、何か事を起こす時には人手を充当する=準備する、処置するという意味。怪我の手当てというのもこの処置という意味で使われており、手のひら療法からきたというのは俗説だとされています。

 

でも、お腹が痛い時にお母さんに手を当ててもらったり、不安な時に誰かにやさしくさすってもらったりすると痛みや不安が和らぐことってありますよね。ハンドパワーが本当にあるかどうかは分かりませんが、もしかしたら誰かに触れられたり寄り添ってもらうことで、病人の方の自然治癒力が高まるということはあるのかもしれませんね。

地下を走る蒸気機関車

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チューブと呼ばれるロンドンの地下鉄。1863年、メトロポリタン鉄道のパディントン駅〜ファリンドン駅間を走ったのが世界最初の地下鉄だそうです。

 

でも当時はまだ蒸気機関車の時代。モクモクと煙を吐くトーマスのような機関車が地下を通るのですから、その煤煙の凄まじさは容易に想像できます。なのに、開通式の日に用意された客車にはなぜか屋根がなかったのだとか。

 

招待された紳士淑女たちはせっかくオシャレして乗ったのに、全身真っ黒になったと思われます。残念ながら乗車前の写真しか残っていないらしく、本当はどれくらいか分かりませんが、きっと人に見せられない状態だったのではないでしょうか。

 

煤煙対策のために、地上まで煙抜けの穴を掘ったり、煙を水に通す装置などを工夫したらしいのですが、大した効果はなかったようです。

 

かつて霧の街ロンドンと呼ばれていたのは、ロマンチックな描写ではなく、各家庭の暖炉や蒸気機関車、産業革命による工場から出る煤煙が霧と混ざり合って空が常に黒く覆われていたことを指します。今でも使われるスモッグという言葉は、20世紀初頭に生まれた煤煙(smoke)と霧(fog)の合成語なのだとか。地下鉄を走る蒸気機関車も、黒い霧を生みだしていたと考えられます。

 

2013年、ロンドンの地下鉄開通150周年を記念し、復元した蒸気機関車が開通した当時と同じ区間を走りました。抽選で当選した人たちが乗車したとのことですが、今回は屋根があったにもかかわらずインタビューで「エクセレント!でもとても煙たかった」と笑顔で感想を述べていました。