ハンサムは誉め言葉ではない!?

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時代と共に移り変わる言葉。流行のサイクルが激しい時代、死語となっていくスピードも早まっているように思います。カッコイイ男性を指す「色男」なんて言葉もそのひとつ。

 

かつては「色男、金と力はなかりけり」などと言われたものですが、今ではあまり使いませんね。その後の「ハンサム」ももう古臭い感じがして、今はもっぱら「イケメン」でしょうか。イケメンはイケてるメンズだと分かりますが、前の2つの由来は何なのでしょう?

 

色という字は象形文字から来ていて、巴は人がひざまずく姿、その上のワは人、つまりひざまずく人の上に人が乗っているという、メイクラブの形なのだそうです。ここからモテる男性のことを色男と呼ぶようになったのだとか。「色っぽい女」などで使われる「色」も同様です。

 

「ハンサム」というのはhandsomeから来ていて、hand(手)でsome(〜しやすい)、つまり手で扱いやすいという意味から女性を手玉に取れるような顔立ちのいい男性という意味らしいです。どちらもあまり誉め言葉ではなかったんですね。

 

実は「イケメン」も既に死語になっているという説が。どこぞの若い子たちの間ではイケてる人のことを「池様」、イケてない人は「沼」と呼んでいるそうです。他にも「超」、「ヤバイ」を使っているのはアラサーだけで、今は「やばば」だという説があったり、意味もなく「卍(まんじ)!」と言う人たちがいたり。SNSのおかげで、一部のグループで使われている言葉が使いやすくおもしろければ全国区になり、そうでもなければ内輪の隠語で終わるということなのでしょう。

 

かつて「チョベリバ」と言っていた人たちも今は30代中頃。使っていた言葉によって年齢が分かる、おもしろい時代になっています。

明治の客車の窓ガラスに白線が入っていた理由

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今も昔も人気の鉄道。近年は男性ファンだけでなく、鉄子と呼ばれるコアな女性ファンも登場し、ひとつのカルチャーカテゴリーになっています。そんな鉄道が誕生したのは明治5年。品川―横浜間で仮営業をスタートしたのが新暦で612日、正式に開通して式典が行われたのが1014日。これを記念して毎年1014日は「鉄道の日」とされています。

 

汽車に初めて乗った当時の人たちは、下駄や草履などの履物をホームに脱いだまま乗ってしまったり、開通当初は列車内にトイレがなかったため、停車中に駅のトイレへ駆け込むのが間に合わずそそうしたりと珍事件が勃発していたようです。

 

ある時など、汽車に乗っていた男性が窓の外に広がる景色に見とれて、窓ガラスがあるのを忘れて思い切り身を乗り出して頭をぶつけ、ガラスを割ってしまったこともあるそうな。汽車だけでなくガラスも珍しかった時代、こうした事故を防ぐため、それからしばらくは窓ガラスの人の目の高さに、白い横線を一本入れていたそうです。大宮の鉄道博物館にある当時の客車の実物大模造にも、確かに窓に白い横線が入っています。せっかくのキレイな景色が見づらくなってしまいますが、安全優先だったのでしょう。

 

今は当たり前になった電車。乗客の多くは下を向いてスマホを見ています。たまには顔を上げて車窓に広がる景色をのんびり眺めてみてはいかがでしょう?空がきれい、季節の花が咲いているなどの発見があり、気ぜわしい今の時代ならではのひとときの贅沢が味わえるかもしれませんよ。

電話だと聞こえない音がある?

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実際の音だとちゃんと聞こえるのに、電話を通してだと聞こえない音というのがあります。

 

よく言われるのが鈴虫の音。人間が音として聞き取れる周波数は約20ヘルツ〜2万ヘルツですが、電話の周波数は3003400ヘルツ。これに対し、鈴虫は4000ヘルツ以上だから電話を通してだと聞こえないのだそうです。

 

電話には人の声が良く聞こえるように、不要な音をカットする機能が付いています。コオロギ5000ヘルツ以上、キリギリス8000ヘルツ以上、セミも4000ヘルツ以上なので聞こえません。ですので、電話口できれいな虫の音を聞かせたいと思っても、それは伝わらないのです。

 

楽器のピアノやピッコロも高音域は聞こえないとのこと。また、人の声でもたまに電話だと聞き取りにくいことがあります。小声という訳でもないのに聞き取りにくい。それは低い声の男性に多いようで、300ヘルツ以下になっている可能性があります。そういう時は、のどを広げちょっと高い声で話すといいそうです。

 

駅のホームから電話をかけると、ベルやアナウンスの音でホームにいる側はうるさくて聞こえないけど、別の場所にいる相手はそうでもない、ということがあります。これも、音によって電話では伝わっていないからなんでしょうね。

サバイバルで必要なもの

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無人島にひとつだけ持っていけるとしたら何を持っていく?なんてよく言いますよね。あるアンケートによると、1/ナイフなどの刃物、2/最愛の人、3/携帯電話、4/ラジオ、5/本・マンガ…となっています。なるほど、何もない無人島に滞在するならどれも捨てがたいと言えます。

 

でも本気で無人島滞在を想定するなら、忘れてはいけないものがあります。それは真水。人間は食糧がなくても23週間ぐらいは生きられるようですが、水なしでは35日しか生きられないからです。水さえあれば40日間は生きられると言っている人もいます。

 

無人島で周りが海なら水はいくらでもありますが、海水では人は生きていけません。海水に溶けている塩分濃度はだいたい3.13.8%、それに対し人間の体に含まれる塩分濃度は0.9%ぐらい。海水の方がかなり濃度が高いため、人間が海水を飲むと、体内の塩分濃度を下げ、ますます真水が必要になってしまうのです。

 

海水を沸騰させて水蒸気を集め真水にする方法もありますが、これには火が必要です。つまり、真面目にサバイバルを考えると、まず必要なものは水と火ということになります。

 

人の欲求を段階で表したマズローの欲求5段階によれば、最低限の欲求が1.生きていくための基本「生理的欲求」、次が2.安心・安全な暮らしをしたい「安全欲求」、3.仲間が欲しくなる「社会的欲求」、4.他者から認められたい「尊厳欲求」、5.能力を活かして創作活動などをしたい「自己実現欲求」と進化していきます。先ほどのアンケートにあった物は、生命の危険がなく、安心に暮らせて、仲間がいて初めて役に立つもの。世界では生理的欲求も安全欲求も叶えられていない場所があることを考えると、私たちが当たり前に暮らしている今の社会は、かなり高度なレベルと言えます。

お地蔵さんは弱きを助ける正義の味方の元祖?

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今でもふとした通りで見かけられるお地蔵さん。昔から身近な仏様として親しまれてきました。おばあちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨も、とげぬき地蔵と江戸六地蔵尊に守られ、巣鴨地蔵通りとして賑わってきた場所です。

 

お地蔵さんは正しくは地蔵菩薩という仏様。お釈迦様が亡くなってから567000万年後に弥勒菩薩が現れるまで、仏のいなくなった世界で救いの手を差し伸べてくださるというありがたい存在です。そんな仏様なのに、よく赤ちゃんのようなよだれかけや頭巾、帽子を身に着けているのはなぜでしょう?

 

元々は僧侶の姿だったのが、子供の守り神として信仰されるようになり、子供が身に着けるよだれかけや帽子を着せるようになったと言われています。

 

幼くして親より先に亡くなった子供は、三途の川のほとりにある賽の河原で親の功徳のために一生懸命に石を積みますが、鬼が来て壊してしまう。そこに地蔵菩薩が現れて子供を救うという話が中世から伝わっています。地蔵菩薩は、この世で最も弱いものから救済するという考えからこうした話が生まれ、子供の守り神となっていったのでしょう。

 

お地蔵さんが子供の姿をしているのも、小さな子供を亡くした親がわが子の姿を重ねて作ったのが始まりかもしれませんね。

蚊取り線香の器はどうしてブタ?

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かつて夏の風物詩と言えば、花火、スイカ、うちわ、そしてどこの家庭にもあった蚊取り線香を入れるブタ形の容器・蚊遣りブタ。今でもちょっとレトロなシーンなどに登場します。この蚊遣りブタ、どうしてブタの形になったのでしょう?

 

一説には、蚊に困っていた養豚場が、蚊避けのために筒状の容器に蚊取り線香を入れて焚いていたのを、煙の量を調節するため口を絞るなどして工夫しているうちブタの形になり、焼き物で有名な愛知県の常滑焼が土産物として販売したところから広まったと言われています。でも蚊取り線香が生まれたのは明治に入ってから。しかし江戸時代後期の武家屋敷跡から蚊遣りブタが出土しているらしく、その頃から既に使われていたことが伺われます。

 

蚊取り線香が生まれる前は、蚊避けとして松や杉などの木を焚いていました。殺虫力はありませが、煙で燻して追い払っていたそうです。養豚は江戸時代から行われていたので、養豚場の話が事実なら、使われたのも蚊遣り木というのが正しいのかもしれません。

 

今は煙の出ない電気式のリキッドタイプ、マットタイプなどさまざまな蚊取り器があり、形もスタイリッシュになりました。時代と共に消えていく物が多い中、未だに生き残り愛され続けている蚊遣りブタ。忙しい現代人にとっては蚊を取る道具というより、コロンとした丸い姿と大きく口を開けたちょっとおマヌケな顔が、癒しの存在として受け入れられているのかもしれませんね

白黒チェッカー柄をなぜ市松模様と呼ぶの?

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2020724の開催まであと3年となった東京オリンピック・パラリンピック。当初はすったもんだあったエンブレムもかなり見慣れてきた感があります。このエンブレムに使われた市松模様は、もともと歌舞伎の衣装から来ているとうことはご存知ですか。

 

江戸時代、かなりイケメンだった佐野川市松という歌舞伎役者が「心中万年草」という演目の中で身に着けた袴が紺と白の碁盤縞だったことから、この柄を取り入れた浴衣や帯が女性ファンの間で大流行し、彼の名前を取って市松模様と呼ばれるようになったのだそうです。

 

すると他の役者ファンたちもこぞって贔屓の役者の柄を取り入れた浴衣を着るようになり、江戸の町では競い合いがヒートアップしたのだとか。自担と同じものを身につけたいというファン心理はいつの時代も変わらないんですね。

 

こうしたブームを受けて役者さんたちも、衣装のデザインや配る手ぬぐいの柄などのセンスを競い合い、いわゆる歌舞伎柄と呼ばれる浴衣柄が誕生しました。3つの黒い枡を重ねたような市川團十郎の三枡、太い線と細い線を交互に重ねた松本幸四郎の高麗屋縞、4本線と5本線の格子の中にキと呂の字を配した菊五郎の菊五郎縞などがあります。

 

上方は大柄で華やかな雅を好んだのに対し、江戸はシンプルイズベスト。無地、縞、小紋を粋とし、色も黒、茶、グレー、ベージュという雀の羽色を好んだと言われています。いわゆるモノトーンですね。こうしたシンプルな柄は時代に左右されず、今でも洋服やインテリアファブリックなどに使われ愛されています。東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムも日本的でありながら斬新に見えるのはそうした理由なのでしょう。

 

3種類の四角形を組み合わせた紺色の組市松紋のエンブレムには、多様性と調和の意味が込められているそうです。海外から訪れる様々なお客様に、さり気なく、でも粋な心配りでおもてなししたいものです。

弁護士は国家資格があっても活動できなくなる?

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バラエティ番組に登場し、ふなっしーの大ファンで知られる弁護士の大渕愛子さんが、2016年、依頼人から不当に報酬を受け取ったとして、東京弁護士会から業務停止1カ月の懲戒処分を受けたというニュースがありました。弁護士って国家資格なのに、なぜ弁護士会で懲戒処分を受けると活動できなくなるのでしょう?

 

それは、弁護士を監督や指導するのは国ではなく、日本弁護士会が司る全国に52カ所ある弁護士会が権限を持っているから。弁護士になるには、国家資格を取るだけではなく、必ず地元の弁護士会に入会し日本弁護士連合会に登録しなければならないと弁護士法で決まっているのです。

 

懲戒処分を受ける主な例としては、紹介屋から事件を紹介してもらう、反社会勢力と組む、名前貸しをするなどの「非弁提携」のほか、依頼人のお金の横領、事件の放置、相手方への誹謗中傷、依頼人の情報漏洩、セクハラ、所得隠しなどがあるようです。こうした場合、戒告、2年以内の業務停止、退会命令、除名という4種類宇の処分が下されます。退会は、一度退会したら他の地域の弁護士会へ再入会するのは難しいため弁護士として活動ができなくなり、除名されると3年間弁護士資格を失いますがこちらも再登録は難しいため事実上、弁護士廃業の場合が多いと思われます。

 

ただし、懲戒処分された弁護士が必ずしも悪徳とは限りません。弁護士懲戒処分検索センターのサイト(そんなサイトがあったんですね)を見ると、懲戒請求者の方が無茶を言った、弁護士会のお気に入りじゃなかった、依頼者のためにがんばった結果争う相手にとって行き過ぎになった、などの場合もあるので内容をよく確かめて自分で判断してほしいと書かれています。

 

そういえば、森永ヒ素ミルク中毒事件や豊田商事の被害者救済の弁護団長となり弱気を助ける弁護士として尽力し、平成になってからは司法制度改革審議会に参加して裁判員制度の導入に関わるなど「平成の鬼平」と呼ばれた日本を代表する弁護士・中坊幸平さんも晩年、住宅金融債権管理機構の社長だった時に機構が不適切な資産回収を行った責任を取り、大阪弁護士会に登録抹消届と退会届を提出して弁護士を廃業されました。この時は、あの中坊さんが弁護士廃業を余儀なくされるなんてとショックを受けたものです。

 

もし懲戒処分を受けた弁護士がいたら…人を裁く立場の人ですから、そのお裁きは同じプロに任せるとして、後はメディア報道を鵜呑みにせず、自分の目でその人となりを確かめることが大事なんだなと改めて思います。

虫だけど昆虫じゃない虫たち?

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世の中には虫が大嫌いな人もいれば、大好きな人もいます。そもそも虫の定義って何なのでしょう?

 

今のように生物学など整っていなかった時代、昔の人は小さくて毛のない生物全般を虫と呼んでいたようです。ですので、蛇やミミズ、ナメクジ、カタツムリも虫でした。ところが明治時代になり、生物学の考え方が入ってくると、科学的に生物を分類する呼び名が必要になりました。そこで生まれたのが昆虫という言葉。

 

昆虫の定義とは、体が頭部・胸部・腹部の3つに分かれており、さらに胸部は前・中・後ろと分かれていて、それぞれに1対ずつ計6本の脚が付いていること、胸部に4枚の羽が付いていることとされました。ただし例外もあり、羽が2枚しかないハエや、羽がまったくないアリ、前足が退化して4本脚になったタテハチョウなども昆虫とみなされます。一方、脚が8本のクモや14本のダンゴムシ、数十本のムカデなどは虫ではあっても昆虫ではありません。

 

ではなぜ昆虫は6本脚なのでしょう?ムカデのようにたくさん脚がある虫でも、歩く時は、前に出す脚、地面に着いて体を支える脚、後ろから蹴りだす脚と3種類の動きをするそうです。つまり左右で6本の脚があればうまく歩ける訳で、昆虫はムカデのような多足類から進化するうちに脚の数を減らし、効率的な6本脚に収まったと考えられているようです。

 

昔の人は小さな存在を「いとあはれなり」と言って慈しんでいました。虫もその対象です。枕草子や更科日記など女性が書いた文章にもよく虫が登場しますし、堤中納言物語には「虫愛づる姫君」という毛虫や芋虫などをたくさん飼っているお姫様の話もあります。嫌いな人は嫌いだったでしょうが、自然がもっと身近だった時代、今より小さい生命の儚さを慈しむ気持ちが強かったのかもしれませんね。

今もフェンダーミラーが主流のクルマって?

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かつて、クルマのサイドミラーはフロントフェンダーに付いていました。いわゆるフェンダーミラーです。ところが80年代からドアミラーに変わり、今ではたまにフェンダーミラーを見かけるとレトロな感じがするぐらいドアミラーが主流になりました。後方の見やすさはフェンダーミラーの方が見やすいのに、なぜドアミラーが主流になったのでしょう?

 

昔の日本では、ボンネットがあるクルマは少ない視線移動で後方確認できるように、フロントフェンダーにサイドミラーを付けるよう義務付けされていました。ところが外国のクルマはドアミラーのものが多く、特にアメリカ車はドアミラーがほとんどだったため、日本市場へ参入できるよう強い働きかけがあったのです。

 

また、デザイン的にもドアミラー人気があり、中には違法改造する人も現れるほど。こうした背景から、19833月、規制緩和が実現してドアミラーの導入が始まりました。5月には、日産パルサーエクサがボンネットがある国産車として初めてサイドミラーをドアに採用。ここから日本でもドアミラーが広まっていきました。

 

でも、今でもフェンダーミラーが主流のクルマがあるってお気づきですか?それはタクシー。法律で義務付けられている訳ではありませんが、お客様が助手席に乗った場合、フェンダーミラーの方が目の動きだけで後方確認ができる、車体間隔がつかみやすく運転がしやすい、などの理由でフェンダーミラーを使っているところが多いようです。

 

同じ理由で以前はパトカーや教習車などもフェンダーミラーが多く見られましたが、最近はドアミラーに移行している印象があります。ドアミラー世代が増えるにつれて、タクシーもいずれは変わってくるのかもしれません。